私が生まれた長崎は歴史的に重要な遺跡が多く、新しい気づきもある。生まれた場所の向かいは世界遺産「小菅修船所跡」(右写真)で日本最古の修繕ドックである。通った幼稚園は日本に最初に来日した修道女たちが作った明治14年のレンガ作り建築の修道院を利用したもの。(最初のイエズス会日本支部との説もある)現在はレンガ作りをいかした外国人向けの高級ホテルに改修された。

長崎で最も有名な、お寺は1629年に渡来した唐僧超然によって創建された「崇福寺」で国宝である。長崎には有名な中国式のお寺があり、崇福寺、興福寺、福済寺、聖福寺で、長崎四福寺と言われている。いずれも江戸初期に創設され、長崎の貿易と文化に深くかかわっていた。この時代、長崎の人口の6人に1人は中国出身者との記録もある。

さて国宝崇福寺(左写真)について、調べていくと、面白いことが分かった。キリスト教禁止時代に崇福寺内の広福庵に居住し、洋学を教えていた宣教師ギート・フルベッキがいた。1859年フルベッキは中国で活動していた宣教師ウイリアムズに長崎に来ないかと、声をかけ、ともに、崇福寺を拠点にして活動するようになる。この時代、外国の事を学ぶ為に多くの要人が、崇福寺を訪れる。高杉晋作は国際情勢や民主政策を学び、大隈重信、副島種臣は英語や欧米の大学教育等を学び、前島密は郵便制度を学んだ。岩倉具視、伊藤博文等も訪れた。

後に大学の創立に繋がった事を考えると、崇福寺は日本の大学教育の源となる私塾であったと言えるのではないだろうか。フルベッキは10年後、東京に移り住み東京大学の元になる開成所の教頭になり、ヘボンと一緒に明治学院の創立にもかかわる。ウイリアムズも東京に移り、立教女学院、立教大学を創立する。

大隈重信はフルベッキとウイリアムズからの学びを生かし、東京専門学校(早稲田大学)を創立した。大学学内にキリスト教会と寄宿舎が、あったのは米国聖公会系大学を学んだ事による影響かもしれない。教会は早稲田学生寮の中にあった。知る人ぞ知るびっくりネタである。今は早稲田教会として、大学とは関係ない組織となっている。

Channing Moore Williams =1829/7 – 1910/12=

立教大学を創立したチャイニング・ウイリアムズが長崎の崇福寺で日本の礎となる人たちに世界を教え、その150年後に立教で私たちが学ぶ。構内の銅像でしか、知らなかった「チャイニング・ウイリアムズ」が故郷長崎と、関わりのある事を知りRSSCでの学びが、益々価値あることに思えてきた。
(7期生 馬淵 俊朗)



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