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教養人としてのシニアは柔軟な自己を形成し続ける

 シニア世代はその長い職業生活において多くの経験を積み、それによって自己の人間形成を続けてきました。とはいえ、職業生活においては、自分が従事する生業の利害関係から自由なわけでなく、そこでの人間形成も、そうした利害関係に制約されざるをえません。
 このような利害関係から解放されて自由な立場でものごとを評価し判断できるようになるのは、しばしば、現役を退いてからです。職業に伴う利害関係から解放されているのであれば、生業に縛られていた頃の考え方にとらわれている必要はないでしょう。そうした縛りと制約から自由になった自由人としてのシニアは、自己自身を含む世界を、全く新しい観点から見ることができるはずです。このような発想の転換は、自己自身を、そして世界を新しく発見することにも繋がるにちがいありません。
 自由人としてのシニアが、多文化共生を目指して人間形成としての教養に努めるならば、さらに高齢になるまで、未知の異文化あるいは全く新しい事象と出会っても、適切に対応でき、いつまでも自己自身を変え続けて行けるはずです。そして、自分自身を絶えず変え続けることこそ教養の営みそのものです。柔軟な自己を形成し続ける教養人としてのシニアは、自分とは異なる経験を通じて人間形成としての教養を遂げてきた異文化や異世代の人びととも、対立するのではなく補い合いながら、文化間や世代間の相異を活かして、多文化共生の実をあげられるでしょう。人間形成としての教養の営みとは、人間として生きることそのものにほかならないのです。
 人間形成としての教養という意味での営みを体現しているのは、何よりも学問です。学問を営むとき、私たちは自己自身の感情や利害に基づく利己的希望や欲望にとらわれることなく、先入観をできるだけ排して、学問の対象となる事象を、一般的な観点から見なければなりません。対象に対するそうした姿勢は、それを見る私たち主観の立場からではなく、客体である対象に即しているという意味で、日常的にも「客観的」と言われます。それは、自己にとっての直接的な利害を無視します。自己自身に対して、他者に対して、社会に対して、自然環境に対して、このような「客観的」姿勢を養うのが、自由人のための学問、すなわち「自由学科」としての「リベラル・アーツ」を通じた教養の営みです。教養とは知識の集積ではありません。
 シニア世代が率先して人間形成としての教養を営むことによって、21世紀のグローバルな競争原理の中で自己の物質的・経済的利害を優先しがちな社会に変革をもたらし、多文化共生を目指して、新たな自己と新たな社会とを形成する力になるはずです。立教セカンドステージ大学の重要な使命のひとつは、学問を通じてこのような教養人としてのシニアへ向けての再スタートを支援するところにあると言っても過言ではないでしょう。そして、修了生の皆さんのさまざまな研究会活動は、同じく活発な皆さんの社会貢献活動とともに、立教セカンドステージ大学がその社会的役割を果たしていることの証として、その存立をも支えているのです。

立教大学名誉教授
立教セカンドステージ大学教員
高橋輝暁

 

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