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お久しぶりです。

 立教セカンドステージ大学(RSSC)に戻ってきて、アッと言う間の1年が過ぎようとしています。
 RSSCの設立は2008年のことだったので、これもアッと言う間の10年ですね。まずは、10周年、おめでとうございます。
 しかし、同窓会のホームページに何を書くか。
 私は新人ではないし、また設立に関わった人間だからといって当時の経緯をくだくだしく書くのは性に合わないし、読まされる方も「またか…」と思うのではないか。
 それに、戻って来ての感想のようなものは、すでにRIKKYO SECOND STAGEというRSSCのニューズレター(2018年2月25日発行予定)に書いてしまった。
 思うに、同窓生のみなさんがいちばん知りたいのは、現在の受講生がどのようなキャンパスライフを送っているか、どんな授業を、どんなふうに受講し、どんな苦労をしながら修了論文に取り組んでいるかではないか。
 というわけで、紙幅の制限もあるので、今年度後期に担当してきた科目「俗世間と認識論」の概要の紹介と、この科目に込めた私なりの思いについて(たぶん間接的にしか表現できないが)簡単にお話してみたいと思います。

 これは、シラバスにも書いたことですが、「俗世間と認識論」の意図は、日常茶飯の事柄と世界の現れ方と、その両方を見渡すことの大切さとむずかしさ、それをみなでいっしょに考えてみたいということにあります。
 私は、立教大学在職中に、文学部の大学院に「比較文明学専攻」を作るのに関わり、その後、独立大学院21世紀社会デザイン研究科の設置にも携わりましたが、それらの設置の趣旨を記した文書では、いずれにおいても、「異なる見方の存在を理解することを通して、世の中を少しだけでも住みやすく、また自らも生きやすくなる道筋をみなで考えて行きたい」といった内容のことを書いておりました。これらの文言の趣旨は、立教セカンドステージ大学のそれと通底するものがあり、私の授業「俗世間と認識論」とも直接的につながっています。
 しかし、こうした事柄を文字にすると(あるいは読まされると)多くのみなさんが、なんとなく気恥ずかしく感じるのではないしょうか。なぜ、気恥ずかしく感じるのか。その気恥ずかしさの元にあるものについてよく考え、それが何であるかを突きとめること、そしてその先に進んでゆく気概を持たない限り、人生にとって(とりわけセカンドステージのみなさんの人生、否、私もセカンドステージど真ん中の人間なので、「私たち」の人生にとって)、もっとも大切なものを取り逃がしてしまうのではないか。
 そんな思いを込めて組み立てたのが、「俗世間と認識論」という科目です。

 ざっと、毎回の授業のテーマを、紹介してみましょう。

浄土ヶ浜にて/
岩手県被災地復興訪問研修

 まず、序論のテーマが「帰ってきた『現代世界論』~授業の紹介を兼ねて」というもの。この「現代世界論」とは、私が10年前に担当し、おまけに必須科目だったので、受講生のみなさんから、「この、こむずかしい話、かなわん」と辟易された科目です。でも、10年経ったいま、かつての受講生のみなさんには忘れがたい授業だったのではないでしょうか。今回は、現在の受講生のみなさんに当時の雰囲気を追体験してもらう意味で「再現」授業を試してみました。
 そんな序論に続けて、第2回が「『浅草』から見えてくるもの~寄席人気と社会の仕組み」、第3回が「シャレの魅力と現代思想~ものの力とことばの力について」というテーマ。この2回は総論という位置づけです。受講生のみなさんも、教師の私も、ともに大笑いの中での授業でした。
 その後は、第4回「理解すること、わかること、わかりあうこと」、第5回「旅すること、そこで暮らすこと、『よそ者』であること」、第6回「食べ物、食べる人、食べること、ともに食べること」と続きました。
 おそらくこの第6回あたりまでが、比較的わかりやすいお話(いわば俗世間のお話)であったろうと思います。
 ところが、第7回のテーマが「欲望とは何か」。たしかに、「え、なに、それ?」というテーマです。というわけで、話の理解を助けるために夏目漱石の『それから』および『こころ』を題材に使い、私たちの欲望がどのような力学に支配されているのか、というやや面倒くさいに話に突入しました。
 そして、第8回「自分とは何か、他者とは誰か」、第9回「皮膚と境界と身体と」、第10回「聖なるものと美なるもの」、第11回「生きることと死ぬこと、愛すること」へと突き進んできました。さきほど、「気恥ずかしさ」という言葉を使いましたが、この第11回で扱ったテーマは「気恥ずかしさ」の極みかもしれません。でも、これ以上、大切な話がどこにあるというのでしょうか。
 この原稿の執筆時点で、授業もあと残すところ、実質的に2回となりました(第12回「こどものいる世界」、第13回「俗世間と認識論」)。
授業をやってみて、これは教師の思い込みかもしれませんが、最初の頃の楽しい話の余韻が残っていたのでしょうか、後半の一見キツイ話にも、みなさんよく付き合ってくれているな、というのが出戻り教員としての私の印象です。
 最終回「まとめの議論」では、ぜひ大笑いの中での「総括」にしたいと願っています。

 よいクリスマスをお祝いください,Merry Christmas, Joyeux Noël!

 修了論文仮提出日の前夜に。

北山 晴一

立教大学名誉教授、RSSC担当教員

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