2024年7月19日、ユリイカアートサークルの催しでオペラを鑑賞するために、私は上野の東京文化会館にいました。少しお洒落した人々が期待を胸に集う劇場の雰囲気は、独特の華やかさに満ちていて自然と気持ちが高揚してきます。演目は二期会オペラ、プッチーニの『蝶々夫人』です。RSSC14期生でオペラに詳しい方が事前説明会をしてくださったので、初心者の私も安心して楽しめそうな気持ちになっていました。

ピンカートン(米国海軍士官で蝶々夫人と契約結婚し、やがて帰国してしまう)が病に伏せる病室のシーンからの幕開け。最初から想像していた感じとは違うのです。舞台装置は日本的な要素が取入れられた和の佇まいなのですが、伝統的な和とはどこか違う和洋折衷の雰囲気。長崎の港が見下ろせる丘の上に立つ家は、東屋みたいな設えで、引き戸や障子の開けたて自由な日本家屋の特徴を生かして多彩なシーンで活躍していました。満天の星空を背景に歌うアリアは天に昇っていくような透明感とつやがあり、月や夕暮れの風景も美しい。随所に宮本亞門氏の演出が光っています。そして高田賢三氏の豪華な衣装。どこか懐かしさを感じさせるメロディーが時折聞こえ、プッチーニの美しい楽曲は耳になじみ、オペラを観るぞという最初の緊張感はどこへやら、次第にお芝居を見ているような不思議な感覚とともに、すっかり物語世界に引き込まれていきました。物語はだんだんと残酷な現実へと向かって進んでいきます。

蝶々さんはピンカートンの裏切りを知り、一人息子を残して自らの命を絶ってしまいます。そして、病室にいたピンカートンも彼女のあと追うように去っていき、二人は手をつなぎ、光ある世界へと歩んでいくフィナーレ。自刃シーンは赤い光の炸裂が象徴していました。純粋さと気高さゆえに命を絶たざるを得なかった蝶々さん、彼女への自責の念に苛まれるピンカートン、そして彼らの息子、3人の魂は浄化されたのでしょうか。

公演終了後、出口へと向かう若い女性らしき声が、「ピンカートンは、ほんとダメ男だね」「うんうん」との会話が耳を捉えた。「そうね」と、私も心の中で相槌を打つ。現代的な感覚ではありえない設定、だからこそ当時の時代背景のなかで舞台を理解しようと努めるのだが、なかなか難しい。宮本亞門氏は、時代背景はそのままに、新しい解釈を加えての演出をされたそうだが、この作品が創作されて100年以上を経て、悲劇を最大化する演出とは違ったより深い群像劇になっているような気もしている。残念ながら、オペラ2回目の私には比較しようもないのだけれど、各国をめぐり凱旋公演となったこの作品を思いがけず観る機会を得て望外の喜びとなりました。機会があれば古典的な演出の蝶々夫人もぜひ観てみたいと思っています。 

何回ものカーテンコールとあふれる拍手の嵐。音楽・演出・衣装が混然一体となった総合芸術の世界は、迫力満点でした。ユリイカアートサークルに参加したことで、こんな素敵な時間を過ごすことができました。オペラ鑑賞後の懇親会も、共有の感情体験の高まりもあってか親密で楽しい時間となりました。 (10期 土居和美)