第38回土門拳賞を受賞したフォトジャーナリスト、高橋智史氏による公開講演会

1日時:2019年7月16日(火)13時30分~15時

2場所:立教大学 セントポールズ会館 2階会議室

3講演:『Resistance カンボジア 屈せざる人々の願い』

4参加者:46名

 

共催:RSSC異文化研究会 アジアの貧困NPO/NGO支援研究会

高橋智史さんは1981年秋田県秋田市の生まれ、日本大学芸術学部写真学科を卒業。大学在学中の2003年からカンボジアを始めアフガニスタン、東ティモールなどで取材を開始。2007年カンボジアの首都プノンペンに拠点を移し、主に人権問題に焦点を当て、権力の横暴に命を懸けて立ち上がる人々の姿を世界中のメディアに向けて発信している。昨年12月に発行された写真集『RESISTANCEカンボジア屈せざる人々の願い』で写真界の直木賞と呼ばれる土門拳賞を受賞した。この写真集は急速な都市開発が進むカンボジア・プノンペンで、強制的に土地を奪われる人々の強権政治に対する闘いを中心に、カンボジアの状況を5年間追い続けた作品をまとめたものである。選考委員の一人である池澤夏樹氏は表彰式で「しかるべき時にしかるべき場所にいて、しかもそこに居続けて目の前で起きていることを撮る。この報道写真の基本を押さえ、それが大変なレベルに達している。動画もある今の時代、写真がこれほどの力を持っていることに驚く」と称賛した。

今回の講演会では受賞写真集のみならず、15年以上にわたって撮り続けているカンボジアのさまざまな人々の写真を数多く紹介しながらの話となった。カンボジアに拠点を移すきっかけとなった「ごみ山で働く子どもたち」の写真は大学在学中に通い詰めて撮ったものだそうだ。そこには子どもたちとの親密な信頼関係が感じられ、被写体への眼差し、距離の取り方が初期のころから定まっていたことに驚く。 トンレサップ湖の水上生活者を追った写真では湖で遊ぶ少年、働く青年、結婚式、子供の誕生、お年寄りの死と葬送の様子など、生まれてから死ぬまでを湖上で暮らす人々に密着し、彼らから受け入れられた者のみが撮ることが許される貴重な写真が紹介された。秋田魁新報に4年間にわたり連載された「素顔のカンボジア」をまとめた写真集からは、ポルポト政権時代の大虐殺に関連した写真が紹介され、カンボジアが持つ負の歴史を改めて考える機会となった。そして受賞作品「カンボジア屈せざる人々の願い」では、強権政治に屈することなく闘い続ける人々に迫った写真が数多く紹介された。抗議の現場やデモ行進の最前線で声を上げ、祈り、仲間と助け合う人々の姿(多くは女性)からは、困難を乗り越え自分たちの未来をつかみ取ろうとする切実な願いと逞しさが伝わってきた。

高橋さんの話は時に口調が激しく、時に人々を慈しむ表情を見せながらカンボジアの人々と共にある、そしてこれからも共にありたいという確固とした気持ちに満ちていたように思う。闘う女性の一人は「私たちは子どもの未来のために闘うのだ」と述べ、高橋さんは「彼らの闘いが実を結び、子どもたちが笑顔になったとき、その最前線でまたシャッターを切っていたい」と述べている。

高橋さんは子どものころ本に囲まれた環境で育っている。その中で戦争の写真に触れ、世界にはこんな悲惨なことがなぜ起きるのか不思議だったという。また身近に障害を持つ人がいたことから、社会的に弱い立場にいる人に寄り添う眼差しが育まれたという。高校を卒業後上京し、国際協力について学べる専門学校に入学する。そこで様々なNGOの活動を学び、インターンをし、スタディツアーに参加するのだが、その活動の中で写真の持つ力に目覚めていく。ある野生保護NGOのスタディツアーでロシアに行き、絶滅危惧にあるアムール虎の密猟現場に実際に身を置いた際、この現状を世界に知らせるには写真しかないと確信したそうだ。そして帰りの飛行機の中で自分は報道写真家になるのだと決心する。その後は大学で写真を学び、在学中から様々な写真を世界に向けて発信し続け、現在に至っている。

高橋さんは普段は大変穏やかでにこやかな青年である。その彼が自らの危険を顧みず現場に向かい、最前線でシャッターを切る。望遠レンズを使わず至近距離で撮る。どこからその勇気とエネルギーが出てくるのかと不思議な気持ちになる。今まで何度か危険な目にあったそうだが、そのたびに人々が守ってくれたそうだ。闘う人々との間に築かれた強い信頼関係に胸が熱くなる思いがする。まだ30代の日本の青年が使命感を持ってカンボジアの悲惨な現状に立ち向かい、写真という媒体を通して世界に発信している。そのことをほとんどの人がこの講演を聞いて初めて知ったのではないかと思う。家族や友人にカンボジアの現状を伝える、カンボジアに関心を持ち続ける、そのことが話を聞いた私たちのなすべきことではないかと感じた。日本では現在フォトジャーナリストを志す若者が少ないと聞く。高橋さんの今後の活躍を期待するとともに、危険な状況に身を晒すことの多い活動が最後まで無事であることを祈りたい。

《感想》(講演会終了後にいただいた感想の一部)

(1)素晴らしい講演でした。長期間カンボジアに住んで取材された結果としてのお話でしたので、「人の思いに寄り添う」という言葉の正しい使い方が分かりました。

(2)命を賭けてまさに体を張って行った映像取材は説得力があり、心打たれました。これから日本が歩くかもしれない姿を重ねてしまいました。

(3)現在のカンボジアの状況がよく分かりました。ポルポト政権の残酷さに、なぜ人間がそこまで残酷になれるのかと考えていました。その時代が終わって平和が来ると思っていたのに独裁政権が蔓延る今、悲しい現実です。どうかお体に、そして様々な事に気を付けてお過ごし下さい。

(4)人権すらない…まるで戦争中、或いはそれ以上に恐ろしいカンボジアの状況が伝わってきてつらい思いになりました。高橋さんが講演の中でおっしゃっていた通り、やはりまずは「知ること」が大事ですね。私にとって今日は先ずその第一歩だったと思いますが、それにしてもどうしたらこういう事態に対抗できるのか、どうしたらいいのでしょう? せめて日本政府に反対するという事でしょうか? 高橋さん、どうかお体、そしてお命をお大切になさって下さい。有難うございました。

《参考》

写真集:『湖上の命―カンボジア・トンレサップの人々』(13年・窓社)、『素顔のカンボジア』(14年・秋田魁新報社)、『RESISTANCE カンボジア 屈せざる人々の願い』(18年・秋田魁新報社)

受賞経歴:2006年11年上野彦馬賞入賞 2013年、翌14年国際ジャーナリスト連盟 日本賞大賞、2014年名取洋之助写真賞 2016年三木淳賞奨励賞

※9/27~12/22まで山形県酒田市にある土門拳記念館で受賞記念写真展が開かれ、その後、受賞作品は同記念館に永久保存される。

                                        (記:石橋)