## 1.問題の背景
私の故郷は、かつて日本最大規模を誇った筑豊炭田の中核都市である飯塚市である。明治から昭和中期にかけて、筑豊は日本の近代化を支えた石炭産業の一大拠点として繁栄した。しかし、エネルギー革命による石炭産業の衰退とともに全ての炭坑は閉山し、その歴史的遺構も次第に人々の記憶から遠ざかっているようだ。
ところが平成30年に、目尾炭坑跡・三井田川鉱業所伊田坑跡・旧筑豊石炭鉱業組合直方会議所などが「筑豊炭田遺跡群」として国指定史跡に認定された。これは筑豊の産業遺産が日本近代史において重要な価値を持つことを示す)。しかし、その保存や活用の状況には自治体によって大きな差が見られる。
## 2.問題関心
大学進学を機に私は首都圏へ移り住み海外勤務を挟んで、長い間故郷を顧みることなく過ごしてきた。ところが還暦を迎える頃から、自らの来歴を振り返りたいという欲求が強くなり、故郷の歴史や現況への関心が高まった。還暦前後になって故郷を見つめ直したいという動機には普遍性がある。
特に、石炭が日本のエネルギー供給の中心であった時代の筑豊の姿には強く惹かれるものがある。かつての繁栄を知る人々から話を聞き、炭坑跡や関連施設を訪ね歩くことは、単なる郷愁ではなく、自分自身がどのような土地の歴史の上に生きてきたのかを理解する試みでもある。
## 3.方法
2026年6月の帰省時、国指定史跡である目尾(しゃかのお)炭坑跡を訪ね、その現況を確認することにした。事前の情報は限られており、現地では周辺住民への聞き取りを行いながら遺跡の所在を探した。また、朝食に立ち寄った近隣の喫茶店(写真3)において、地域に長年暮らしてきた店主夫妻から話を聞く機会を得た。
「目尾(しゃかのお)」という地名そのものが、炭坑遺跡と同じく土地の歴史の化石みたいな存在であろう。読める人が減れば、その由来や歴史も一緒に忘れられていく。
このように遺構そのものの観察だけでなく、近隣住民との対話を通じて、炭鉱遺産が現在どのように認識されているかを知ろうとした。
## 4.結果と考察
しかし、炭坑跡は容易に見つからなかった。現地は雑草の生い茂る荒地となっており、近隣住民に尋ねても場所を知る人はほとんどいなかった。国指定史跡で地元でも当時は脚光を浴びたはずなのに、わずか8年を経過してその存在が地域の日常から切り離されている現実に驚かされた。
唯一、喫茶店の主人が発掘調査の記憶を頼りに場所を案内しようとしてくれた。土曜日という繁忙時にもかかわらず、主人は私とともに周辺を歩き、炭坑跡を探してくれようとした。しかし結局、場所を特定することはできなかった。
ところが、この失敗とも言える探索の過程で思いがけない出会いがあった。店主が私の出身高校の一年先輩であることが分かり、さらに奥様からは「クロダくんやろ」と声を掛けられたのである。奥様は高校二年時に同じクラスを共にした同級生だと言うが、私はまったく記憶していなかった。声の特徴で私だと分かったという。
炭坑跡は見つからなかった。しかし、半世紀近く前に同じ地域で青春時代を過ごした人との再会は、遺跡発見に勝るとも劣らない収穫であった。地域の歴史とは、建造物や遺構だけでなく、そこに生きた人々の記憶によって支えられていることを実感した。
また、周辺他市の炭鉱遺産が比較的整備され、地域資源として活用されているのに対し、飯塚市では貴重な遺構が十分に顧みられていないように感じられた。目尾炭坑跡が見つからなかった事実そのものが、地域社会によっては歴史遺産への関心と受容性の希薄化を象徴しているように思われる。
## 5.今後の課題
今回の訪問を通じて、産業遺産の保存は単に遺構を残すことではなく、その歴史的意義を地域住民が共有し、語り継いでいくことが重要であると考えるようになった。とりわけ筑豊の炭鉱史は、日本の近代化を支えた労働と地域社会の歴史そのものである。
今後も帰郷の機会を利用して、炭坑遺跡を訪ね歩き高齢化する関係者からの聞き取りを続けたい。そして、失われつつある記憶を記録し、自らの故郷理解を深めるとともに、地域の歴史的価値を再発見する一助となることを目指したい。今回の成果は炭坑跡の発見ではなかったが、人との出会いを通じて故郷との新たなつながりを確認できたことに、大きな意義があったと考えている。
場所の記憶と共に人の記憶の中に残っていた自分と出会うことができたのだ。(7期生 黒田豊彦)
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参考文献: 玉井昭次. 2021. “筑豊炭田遺跡群の国史跡指定について.” 九州大学附属図書館付設記録資料館産業経済資料部門 https://doi.org/10.15017/4475427
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