ほぼ半世紀ぶりに本格的に筆を持ち、「書道Ⅰ」の教科書を用いて書道の世界を楽しんでいる。先生は元書道の教員、生徒は元養護教諭と私の二人。縁あって一時期同じ職場で仕事をした関係で、退職後のひとときを三人で書道を通して楽しい時間を過ごしていた。ところが新型コロナウイルスの影響で、講座修了後の「おしゃべりタイム」を楽しむことはできなくなった。しかし今まで以上に硯に向かった時に感じる墨の香りを楽しむことはできる。墨の香りは、先が見えないマスク生活に折れそうな心を優しく癒してくれる。現役の時、書道室の前を通るたびに墨の香りが「今日も頑張ろうね!」と話しかけてくれているような気がしていた。墨の香りはいつも私の心を励まし癒してもくれる、大切な香りである。

退職してから始めた書道は、わかりやすく丁寧な指導のおかげで、楷書・行書・草書・隷書・篆書・変体仮名まで駆け足ではあるが学ぶことができた。昨年は「顔真卿 王羲之を超えた名筆」に足を運ぶ機会があり、字の持つ美しさを鑑賞すると、書く難しさが私の中で大きくなってきた。自分の個性や感情を表現する書道に近づくことはできないが、諦めずに字が持つ雰囲気を大切にして書道を続けている。

そして10月からは、楷書の古典として有名な欧陽詢「九成宮醴泉銘」の臨書に本格的に挑戦することになった。今までは先生のお手本を真似て書いていて、「書道Ⅰ」の教科書は机の上に置いておく程度であった。しかしこれからは、学びの第一歩である名品と呼ばれる古典の筆跡を、自分の目で見て真似て書かなければならなくなった。いやはやハードルが高すぎると思っていると、先生からは「私が書いた字は私が見た字であって、金子さんが見た字ではないのよ!」との指摘があった。それは理解できるが、初心者の私には字の小さいものをそれなりの大きさにして書かなければならないだけでも高すぎるハードルである。ちょっとだけ先生のお手本を見て字の大きさを頭に入れてから臨書することにしている。

欧陽詢「九成宮醴泉銘」の筆跡を見ていると、刀を折ったような入れ方で筆を入れているせいか、鋭さと冷たさも感じられるが、字全体を見るとまるで春のような温かい風が吹いてきているかのようである。温かい風がどこからきているのかを考えてみると、筆で書かれていない白い部分がゆったりと存在しているのが原因なのかもしれないと思えた。筆で書かれる黒の世界ばかりに注目していたが、白い世界があるから筆で書いた字が引き立つことに気がつくことができた。私の書道は一歩ずつの歩みであるが、これからも古典と向き合う時間がもたらす心のゆとりを墨の香りと共に大切にしていきたい。

今年は「三密・コロナ禍」のようにコロナに関するいろいろな言葉が生まれたが、来年は平和な言葉が生まれる1年でありますようにと、そして義父母と共に15人が笑顔でクリスマス会や新年会ができるような日々が早く来ることを願いながら、新しい年を迎える準備を少しずつ始めることにした。(7期)金子

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