虫聴き
三期生会 神山 利
今年の夏は、9月の中旬になっても猛暑日を記録するなど、殊の外暑い夏でした。蝉が何時までも鳴き、虫の音がなかなか聞こえてこない9月でした。
日本人には虫の音で秋の気配を感じるという特有の感性があります。江戸時代、秋になると皆で「虫聴き」を愉しんだようです。月を見ながら、虫の音を愉しむ「虫聴き」は、とても風流な遊びですね。
隅田川東岸、飛鳥山、麻布広尾等が虫聴きの名所でした。とりわけ、道灌山が最も有名で、とくに松虫が多く、澄んだ音色が聞けたといいます。道灌山は、今の西日暮里駅の近くで、江戸時代人気行楽地だったようです。因みに、「日暮里」という地名は本来「新堀」と書くが、人々は新堀を日暮里という字に当て「日暮らしの里」と呼んだことからだといいます。江戸の人たちの洒落が感じられます。
「江戸名所図会」には、浮世絵師の歌川広重が描いた「道灌山虫聞之図」という錦絵があります。虫籠を手にした子供が女性に連れられてうれしそうに坂道を上り、丘の上では男性達が月を眺めながら酒を酌み交わしているという錦絵です。
明治時代になっても道灌山は文豪達に愛されました。正岡子規もよく訪れた様で「山も無き 武蔵野の原を ながめけり 車立てたる 道灌山の上」と詠んだ和歌が残っています。道灌山は、庶民が憩い、そして文人・画人達が訪れる地だったのだろう。
現代、スマホでゲームが若い人たちの関心事になっています。どちらが、心豊かになるのでしょうか?
正岡子規は、次の様な句を残しています。
長き夜や 千年の後を 考へる
秋の夜長、虫の音を愉しみながら、千年後とは言えないまでも、これからの行く末に思いを寄せてみたいものです。