10月定例会報告

1.日時  2015年10月19日(月) 13:00〜15:00

2.場所  セントポール会館 すずかけ

3.出席  12名

4.テーマ 「鈴木真砂女の俳句と生き方」

先達に学ぶシリーズの一環として、鈴木真砂女を取り上げ、明治から

平成を生きた人生を辿りつつ、その作品を鑑賞する。

 

鈴木真砂女(本名まさ)は明治39年(丙午)に千葉県鴨川の大きな旅館吉田屋の

三人姉妹の三女として生まれる。現在の鴨川グランドホテルである。

5歳で生母が死去、翌年父が再婚。小柄でおしゃべりな子供であった。19歳で女学校

入学のため上京、寄宿生活。23歳で恋愛結婚をし、一女をもうける。29歳の時に夫が

失踪、実家にもどる。吉田屋を継いだ長姉が4人の子女を残し、死去。30歳で義兄と

再婚、吉田屋の女将となる。俳句を嗜んでいた姉の遺品を整理していく中で、自らも

俳句を作るようになる。「ひとまはりちがふ夫婦や衣更」「夫運なき秋袷着たりけり」

 

この頃、7歳下の館山航空隊士官Mと恋に落ちる。Mも既婚者であったが、二人の

関係は終世続くものとなった。「すみれ野に罪あるごとく来て二人」

41歳で「春燈」入会、久保田万太郎に師事。49歳、処女句集「生簀籠」上梓。その

句集のため上京した留守中に、吉田屋が全焼してしまう。真砂女の奔走の甲斐あって

吉田屋は再建されるが、51歳でその家を出る。丹羽文雄らの支援で、銀座に小料理屋

「卯波」開店。「ゆく春や身に倖せの割烹着」「夏帯や運切りひらき切りひらき」

 

「卯波」は俳人、作家のサロンともなり、真砂女は90歳過ぎても店に立ち続けた。

「つま先に寒さあつめて掛取りに」「女体冷ゆ仕入れし魚のそれよりも」

「俎始ひと杓の水走らせて」

88歳「都鳥」で読売文学賞。93歳「紫木蓮」で蛇笏賞。

「六月や抱きてよろめく賞の花」96歳、死去。「生涯を恋にかけたる桜かな」

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出席者には真砂女の俳句十句を鑑賞してもらい、好きな一句を発表してもらった。

        あるときは船より高き卯浪かな

        羅や人悲します恋をして

        大夕焼わが家焼きたる火の色に

        つきつめてものは思はじさくらもち

        冬の夜海眠らねば眠られず

        白桃に人刺すごとく刃を入れて

        衣更へて小店一つをきりまはし

        冬に入る己れ励ます割烹着

        今生のいまが倖せ衣被

        戒名は真砂女でよろし紫木蓮

「さくらもち」「衣被」の句に人気が集まった。

50歳を過ぎて、第二の人生を歩き始めた真砂女のひたむきな生き方は誰でもが

できることではない。しかし、その俳句の中にある日常やつぶやきや感覚には

共感できる。そこに真砂女の俳句の普遍性がある。

真砂女の俳句から、たった十七音で、こんなにも鮮やかに身辺を表現できる俳句の

力を感じていただけたら嬉しい。これを機に、俳句にチャレンジという方がいらした

ら更に嬉しい。                        (記:川口)

紫木蓮本人うなみ