25年以上前に、本屋で初めて手にした『心の処方箋』(河合隼雄 新潮社 1998)には、「臨床心理学者による55章の短い一章一章に込められた偉大な“常識”の力が、秘策を生み出してくれる」との帯広告がつけられていた。その言葉にうそはなく、人間関係のしがらみや世の中の理不尽に直面した際、何度もこの本に助けられてきた。

その中の一章に、「うそは常備薬、真実は劇薬」がある。最初は「えっ」と一瞬驚くかもしれないが、よくよく考えてみたら、本音と建前、社交辞令といった言葉があるように、良好な人間関係を維持するために、誰でも必ずしも真実とは言えない表現や小さな「うそ」を、時には無意識に、一日に何度も口にしているかもしれない。また、そういった小さなうそをつけず、直ぐに真実を所構わず言い放ち、周囲を困らせ、その「劇薬」の副反応に慌てる人もいるのかもしれない。

20数年前、ある公的な就職支援機関でキャリア・コンサルタントとして働き始めた頃、刑務所を品行方正で仮釈放された方が相談に来られた。過去の生い立ち、罪を犯した経緯、相談に来られた時点での状況、更生への強い意志などを自らいろいろと話された。その後に、手に職をつけたいとの強い希望から、未経験でも応募可、年齢不問、いわゆる「職人」に該当する求人に数多く応募する方針を一緒に立てた。

そこで問題となったのは、犯罪の詳細(真実=「劇薬」)をいつ、どうやって応募先に伝えるかであった。同僚のコンサルタント数人と協力し、手分けして事情(更生の意志、犯罪の詳細は本人が直接面接時に包隠さず話す等)を先ずは電話で説明し、面接をしてもらえるかの意向を伺うという手順を決めた。何十社にも電話で問い合わせた結果、一社だけ面接をしてくれるという中小企業が現れた。面接の際は、社長が一人で直接話を聞いてくれ、本人の誠実な態度を気に入り、即日採用が決まった。

また、「人の心などわかるはずがない」の章では、「人の心がいかにわからないかということを、確信を持って知っているのが、こころの専門家の特徴である」との言葉がある。この言葉にも何度も頷く機会があった。大分前の話になるが、ある相談者に対し、キャリア・コンサルタントとして毎週1時間面談し、丁寧に話を聴きながら就職活動を一緒に進めた結果、3ヶ月ほどで本人の希望に沿った再就職先が決まり、本人も頑張ったかいがあると喜んだ。ところが、入社前の挨拶とのことで訪れた際に、座るや否や涙を流して泣き崩れた。

何が起こったかわからず、落ち着くよう促し、事情を聴いた。母子家庭で育った相談者は、昔から、常に母と娘の確執に心を痛めていた。今迄の就職先に関しても悪口ばかりで、どうせ直ぐにやめるだろうと言われ続けてきたという。自分は母親から嫌われていると思い込んでいた。ところが、今度の会社では、帰宅時間が遅くなることもあるのではないかと、母親が防犯ブザーを買ってくれたとのことであった。それが嬉しくて涙が止まらなかったという。

3ヶ月毎週面談を続け、関係構築が完全に出来上がっていると勝手に思い込んでいた自分には、親と子の確執が、就職活動以上に相談者の心を痛め続けていたことに全く気づけず、「本当に人の心は分からない」と実感し、反省もした出来事であった。(7期生 北原)

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