この夏、オーストリア最大の湖ヴェルター湖 (Wörthersee)に身体を浮かべた。ヨーロッパは記録的な熱波に見舞われ、各地で死者が報告されるほどの厳しい暑さが続いている。アルプスを擁するオーストリアもその例外ではなく、涼を求める人々の姿が湖畔にあふれていた。

日本で「海水浴」といえば誰もが親しむ夏の定番だが、琵琶湖や猪苗代湖周辺の住民を除けば、「湖水浴」あるいは「淡水浴」という言葉には馴染みが薄いのではないだろうか。島国である日本では海が身近すぎるあまり、湖で泳ぐという発想そのものが育ちにくいのかもしれない。しかし実際に体験してみると、淡水浴には海水浴にはない独特の心地よさがある。

<モーターボートを操る家族>

ヴェルターゼーの水は驚くほど蒼い。しかも水質は非常に良く、飲料水に利用されるほどだという。さらに、水温も遊泳期を通じて冷たすぎずぬる過ぎない塩梅のよい20~25度程度に保たれている。周辺の山々から絶えず新鮮な水が流れ込み、さらに湖底からの湧水もあるという。この循環が広大な湖水を清浄に保つ秘密なのだろう。もちろん目に入っても沁みない。水浴後に肌や髪がベタつくこともない。爽快感が残り、まるで天然の巨大な化粧水に包まれていたかのような清らかさが肌に残っている。潮の満ち引きがないため、観光船の運航でときおり生まれる波も穏やかで、水温も極端には変化しにくい。暑い夏の日に体を冷やすには、まことに具合のよい環境である。

芝生に覆われた湖畔の設備も申し分ない。夏の間は地元住民に加え避暑に訪れる国内外の観光客のために、日光浴用のデッキ、年間契約のできるロッカー、更衣室、レストラン・カフェなどが整備され、小さなリゾートを形成している。地域ぐるみで湖を「観光資源」として大切に育てている姿勢が感じられる。単に「泳げる場所」ではない。湖そのものを中心として、真夏の一日を過ごすための文化が醸成されているのを感じる。その代わり公用浴場への入場は有償で、一日あたり大人で約1200円を徴収される。しかしながら地元宿泊施設を利用する観光客は特別なオンライン・クーポンの提示により無償となる。

<湖中央部での水浴風景>

今回、われわれ家族8名はモーターボートを借りて湖の中央部まで乗り出してみた。国内最大の湖という規模の大きさからもっと深いのだろうと想像していたが、意外にも水深はわずか3.5メートルほどしかない。足がつかない不安はあるものの、視界の先まで水底の気配を感じられる浅さは、どこか安心感を伴う。広さと浅さが同居する、湖の懐の深さを実感した瞬間。見渡せば周囲を山々が取り囲み、山の水と地下からの水が一つになり、その中で泳ぐ。そう考えると、海水浴とはまったく違う、静謐で贅沢な水浴に思えてくる。波に揺られながら泳ぐ海とは違い、湖ならではといった穏やかさがある。どこか風景の一部になったような気分になる。

日本にも美しい湖は数多い。ところが、湖は「見るもの」としては知られていても、「水浴場」としては十分に周知されていないのではないか。猛暑が常態化しつつある今、海だけに頼らず、地域の湖や河川を「水と親しむ場所」として、そして涼を求める代替場所として、湖という「もう一つの海」に目を向けてみるのはいかがだろうか。

ヴェルターゼー(Wörthersee)での水浴は単なる旅先での想い出ではなかった。海だけが夏の水浴びの舞台ではない。ドイツ語のseeは湖という意味を含む。湖というもう一つの選択肢に気づかせてくれた。猛暑の時代だからこそ私は提案したい。夏には淡水浴モ、と。(七期生 黒田 豊彦)
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