東京港野鳥公園
野田研一(RSSC本科ゼミ担当教授)
今年3月下旬、芥川賞作家の加藤幸子さんが亡くなりました。87歳でした。私が独立研究科を担当していた時期、10年ほどにわたってゲスト講師としてご出講いただきました。科目名は「環境文学論」。その授業のなかに「実作講座」を設定し、受講者にエッセイを執筆してもらい、その講評を加藤さんにお願いしていました。
加藤幸子さんはもちろん優れた小説家でしたが、同時に鳥の生態に詳しいナチュラリストでもあり、その自然科学的知見が小説やエッセイに大きく反映しています。先駆的に、かつ本気で人間中心主義批判を考えていた作家でした。観念やスローガンとして唱えていたのではありません。自然との関係で文学の言語が変わらねばならないと考え、それを実践していた作家です。その成果の一つが鳥を主人公とし、鳥の視点から書かれた小説『ジーンとともに』(1999年)という実験小説です。この作品を加藤さんは「擬人化」ならぬ「擬鳥化」小説と名づけています。こんな文体を創造した作家は世界でも稀だと思います。
もう一つ、加藤幸子さんの仕事に、「東京都立東京港野鳥公園」設立への功績があります。東京湾に面した大田区に1989年、この「都市公園」は誕生しました。加藤さんはこの設立運動に市民として関わり主導的役割を果たされました。この公園について、加藤さんは「人工で造成された埋立地に再生された自然である」と書いています。加藤幸子という作家の自然への独特なスタンスがうかがえます。都市と自然を単純に対立的なものとは考えていません。そこに彼女の「都市公園」の思想がうかがえます。(加藤幸子『鳥よ、人よ、甦れ』、藤原書店、2004年参照。)
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