今年度の2回目の会。参加者は15人。会場はとしま区民センター402会議室。最近とみに、配布されるレジュメの充実ぶりが目立つ。初めて気づくこと、やりながら思い出すことが多いのはいつもながらのこと。講師の渡辺先生は、ほかにも自ら「きしん体操」と名づけ、会員にそのβ版を配布している。日ごろの成果のまとめに入ろうとしている。さて、今回は、久しぶりに顔を出したメンバーからの報告です。(事務局)

体力を裏打ちする「気」力

インフルエンザと誤嚥性肺炎を併発し一昨年末、国立国際医療研究センターに緊急入院しました。鼻から酸素と栄養を送り、丸3ヶ月間一切の飲食を遮断され昼夜寝たきり、点滴だけで生きました。70kgあった体重が52kgまで落ち、筋力がなくなり歩けなくなりました。

其処は急性期病院なので3ヶ月で強制退去させられ、一般のリハビリ施設に移りました。鼻からの栄養補給管を抜き、食事も口から食べ、車椅子から立ち歩く為の筋力アップ運動に励みました。体重も67kg迄戻し、1年半に亘る療養リハビリ生活から外界で独り立ち生活出来るようになり現在に至っています。

渡辺信二先生はRSSC本科、専科ともに私が所属したゼミの先生です。たいへんお世話になり、卒業後も「気心の会」に参加して気功の外丹霊動功や五禽戯を学んでいます。

体内に「気」を巡らして心身の健康を保つことの大切さをこの度の大病体験により尚一層深めています。西洋医学は明確な罹患病原にフォーカスして撃退する事には優れています。一方普段の生活から健康を維持するノウハウは漢方医学には長けた歴史があり優れています。できる限り自分の力で治癒したり生きる力を養う事が大切なのです。

誤嚥性肺炎と診断した私の主治医は、私が誤嚥を繰り返さぬようにと一切の飲食を禁止しました。喉が渇き水を飲ませてくれと看護師に頼んでも主治医の許可が得られないのでダメでした。隣のベッドでは3食キチンと食事している病室で、飲まず食わずの3ヶ月間を過ごしました。

なお食事を摂らせてくれと頼むと「胃瘻をつけましょう」と、その女性主治医は提案して来ました。私は腹に穴など開けたくないので勿論すぐに断りました。しかし点滴の都度、経験の浅い見習い看護師に静脈注射の失敗を繰返されるのが嫌だったのと、通常の点滴よりも高カロリーの栄養を注入できると説得されCV(中心静脈)ポートなるものを右鎖骨下部の皮下に埋め込みカテーテルで中心静脈と繋ぐ手術に同意しました。

これにより、点滴の度に静脈注射せずCVポートから体内に栄養補給出来るようになりました。このまま病院の担当主治医が言うがままに科学的延命装置を次々に取付けてゆくと自分の体がサイボーグ化され、ずっと寝たまま生き永らえさせられてしまうのではないかと危惧しました。

寝たきりなので脚の筋肉がげっそり落ち、車椅子に乗り移るのも息絶え絶えの状態でした。この急性期病院にずっと居るわけにはゆかないので家内が見つけて来た民間のリハビリ施設へと環境を変えました。その巡回医師は早速鼻からの管を抜いてくれて徐々にソフト食から始め、順次普通食も摂れるようになりました。先の病院では寝たきり状態でベッド上ですべての甩を足さねばならず、その都度ナースコールして看護師の世話になり、仰向けでずっと寝た切りでしたので褥瘡ができてしまいました。

その後リハビリ施設で1年間過ごし、救急車で病院に運ばれて以来1年半が経過し、漸く自立生活できています。足許が若干ふらつきますが日々のラジオ体操、斜め腕立て、スクワット、買物、散歩をルーティン化しています。

 信二先生が江戸時代の儒者佐藤一斎の言葉を。引き合いに出されています。

「少にして学べば 則ち壮にしてなす在り/壮にして学べば 則ち老いて衰えず/老いて学べば 則ち死して朽ちず」

 僕はこの言葉を最初、高校時代の校長から聞きました。RSSCで信二先生から再び聞いて、高校時代からの自分が学んできた来し方を振返っては、まだまだ中途半端で未熟な自分を反省しています。それでも「今からでも学ぶに遅くはない」というRSSC精神で「気」を取り直し、死ぬまで学び続けたいと思い直しています。

「気心の会」で学んでいる体力、知力を裏打ちする『気』の力でもって生涯ずっと死ぬまで健康に生きたいものです。「死して朽ちず」とまでは恐らく参りませんが……?(三宅 二郎/RSSC11期)

すべては「気」からはじまる。元気で夏を過ごしましょう!

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気心の会