「高齢者」の呼称

栗田和明(RSSC本科ゼミ担当教授)

 「高齢者」の呼び方にはいくつかある。興味深い調査結果を目にした[老いの工学研究所 2014]ので、下表で紹介する。年配者を示す単語の中で、ポジティブに感じる割合が高く、ネガティブに感じる割合が低い、という意味で「シニア」がもっとも無難な単語だと思われる。ただし、後述するように「日本国内では」である。「シルバー」「高齢者」はポジティブ割合は低いが、ネガティブ割合も低いので次善の用語と評価される。

ポジティブだと感じる言葉(年齢別)

シニアシルバー高齢者老人年寄りじいさん・ばあさんどれとも言えない
20歳代37%18%3%3%0%21%18%
40歳代63%9%1%0%0%7%19%
60歳代69%5%4%2%1%1%18%
80歳代45%11%20%3%3%3%15%

[老いの工学研究所 2014]より抜粋

ネガティブだと感じる言葉(年齢別)

シニアシルバー高齢者老人年寄りじいさん・ばあさんどれとも言えない
20歳代0%0%10%33%55%0%2%
40歳代0%1%5%47%36%4%6%
60歳代2%2%4%45%23%15%8%
80歳代7%3%5%33%16%21%14%

[老いの工学研究所 2014]より抜粋

 「老人」にネガティブな感じを持つ人は多く、私も部分的には共感する。しかし、引用した調査結果には「老人」に嫌悪する傾向が明白で、かえってこの明白さを意外に感じる。「老人」は公的な使用も多く日常的に接しており、それほどネガティブな語ではない。○○地域老人福祉センター、○○地域老人憩いの家、○○老人ホーム、老人福祉法、などと使われている。これらは長い間使用され馴染んでいる。「老人」の語そのものは、けっして対象を悪く評価するものではなく、かえって長年の経験、智慧、技量があり尊敬対象であるとのニュアンスもある。この意味では次段落のムゼーにも似ている。北斎は晩年に画狂老人と号したが、彼以外にも多くの文人が「○○老人」などと書画に落款している。また、中国語では教師や男性への敬称は老師で、老には尊敬がこもっている。

 スワヒリ語では年齢を重ねることをku zeeka(動詞)といい、人にあてはめた名詞形のmzee(複数はwazee)が老人を示す。これは年配者に対する一種の尊敬が込められた言葉である。家庭をもち、子供を育て、社会の中で一定の役割を果たしている中年以降(40代くらいから)の男女に呼びかける言葉として使用する。こうした条件を備えているにもかかわらずムゼーと呼ばれないと、スワヒリ語話者は不満に感じてしまう。

 年代によって好悪に変化がある言葉もある。「じいさん・ばあさん」は若年層には好感があるのに対して、高齢者には好まれていない。逆に「年寄り」は、若年層はネガティブに感じているが、高齢者はかならずしもネガティブに感じて忌避することはない。これは日常生活での呼びかけ方とも関係するのではないか。若年者が年配者に呼びかけるとき、「シニアさん」「シルバーさん」とは呼ばない。「おじいさん、おばあさん」になり、若年層は呼びかけ語として親しんでいる。一方、年配者が自分を形容する場合に「年寄り」という単語は自然に使用される。若年者が、直截すぎる、または敬意がたりないと感じて「年寄り」を避けていても、年配者自身は自己の形容としては「年寄り」を普通に使用して慣れてきている。自分に対して「年寄りにこんなことさせないように」「年寄りだから○○はできません」などと使う場合である。

 アメリカでは、「シニア」やそれに類する言葉は年齢によって人を区別しており、そもそもエージインクルーシブ(全年齢を等しく扱う)に整合的ではないとの考えもある[瀧口 2023]。余計な軋轢をさけるために、スーパーのレジで「シニア割引を使用しますか?」と言わないで「割引を使用しますか?」と尋ねたりしているらしい。あるいは「シニア」と言わず「65歳以上」と客観的に年齢を示す表現を使用したりする。この表現であれば、客観的に年齢を示しているだけで異論をはさめない。

 言葉は次々に変化していくので、どの時代や人にも共通するニュアンスを保持することはない。年配者を示す表現についても同様で、一方ではPC(ポリティカル・コレクト)に配慮しつつも、過激すぎる言葉狩りにならないところでバランスをとるのだろう。