前日のみぞれ混じりの天候がウソのように晴れ渡った2026年3月11日水曜、野田先生の立教セカンドステージ大学最終講義が、立教大学池袋キャンパス15号館マキムホールで、午後3時から開催されました。2時半ごろから、野田先生の最後の講義を聞こうと三々五々、歴代の野田ゼミ生ほか、多くの方々が集まりました。
プロローグ:野田先生のご専門の研究分野・エコクリティシズムについて
司会者の現役18期の林さんと石川さんからの紹介後、登壇なさった野田先生。まず、RSSCの学生があまり知らされてこなかった先生のご専門であるエコクリティシズムについて話されました。環境問題への関心の高まりから米英文学研究の中で、1990年代の初めに提唱されたものであり、文学において自然がどう描かれ、どう考えられているのかに視点を置いた研究であること、そして、いろいろな分野が環境問題にアプローチしているけれども、その中で文学というものの役割は一定程度あるだろうと考えていると述べられました。
最終講義セクション1:加藤幸子の「光景」
4つの部分で構成された最終講義の最初のセクションは、作家・加藤幸子が作品で述べた「光景」についてでした。野田先生が立教で実作講座を10年ほどお願いしてきた加藤氏は1982年『夢の壁』で芥川賞を受賞。日本野鳥の会に勤務していた野鳥の専門家でもあり、東京都野鳥公園の設立に約10年間、実質的リーダーとして尽力され、都市公園の重要性を訴え続けました。『兎追いし日々』(1989年)という加藤氏が編集を手がけた書籍の中の氏のエッセイ「繭の中の子供達―編集を終えて」にある、「おそらく作家たちだけは常に子供たちに味方していた」という一節を、野田先生は紹介なさいました。子供は、あるがままの光景を捉えると述べ、子供には優劣なく全体の光景があらわれるのに対し、「大人にはまず確立された自分があり、それに沿って切り取られた光景」があるとして、子供の持つ「豊穣な光景」は、ある意味、合理的階層化に抗う「浪費」であり、そうした多様で膨大なものを沈殿させているのが作家であると、加藤氏の言葉を解読なさいました。
最終講義セクション2:フランスの詩人イヴ・ボンヌフォアの「可感な世界」
そして野田先生は、加藤氏のいうこの「光景」を、フランスの詩人イヴ・ボンヌフォアは「可感な世界」と呼んだと、さらに展開なさいました。感じることができる世界、すなわち「可感な実存」を、大人の概念は、そしてさらに言葉は、表しきれないと述べ、コップの話しを始めました。「コップを取って」と言われた場合、大人はさまざまなコップが持つ差異に目を向けず、均質化した概念的なそれを思い、その要求に応えようとする。しかし、現実の世界はあらゆる差異に満ちた存在であると野田先生は説明を続けられ、アーチボルド・マクリーシュの “A poem should not mean/ But be”という言葉とともに、詩は、こうした可感的(palpable) な存在を伝える手段であり得るということ、それは詩が言葉であって、言葉ではない、感じるものであるからだと説明なさいました。
最終講義セクション3:日野啓三「大岡昇平『野火』論―孤独の密度」の「オトリ」
3つ目のセクションでは、日野啓三が1957年に発表した「大岡昇平『野火』論―孤独の密度」を取り上げられました。日野は、文学にとって、思想や主題や観念などは、作品に読者を誘い込むための「オトリ」にすぎないと断じており、それは例えば、正義が戦争に人間をひきいれるオトリでしかなく、本当はそれが正義とは全く無縁のひとつの実体であるように、重要なのは物象の「手応え」であると述べたことを紹介。そして野田先生は、『野火』には、近代文学の近代性を物語る「線遠近法」、すなわち遠景、中景、近景という固定した一視点からみたものの描き方ではなく、反遠近法ともいうべき左右対称法が描かれているとし、画家ポール・セザンヌの作品「箪笥のある静物」を例に、実体を捉える際の、ヴィジョンの複数化の重要性を指摘されました。
最終講義セクション4:エドワード・アビー『砂の楽園』の言語VS.実体、そして「オトリ」
4つ目は、エドワード・アビー『砂の楽園』(1968)に焦点を当て、国立公園のレンジャー体験を言語化しようとしたこの作品で展開される、言語=概念と自然環境の実体との格闘劇について論じられました。「私が夢見ているのは『過激で野生的な神秘主義』(a hard and brutal mysticism)だ。そこでは、裸形の自己がノンヒューマンの世界と融け合いながら、にもかかわらず、損なわれることなく、個であり、独立した存在として生き延びる。逆説にして岩盤(Paradox and Bedrock)。」この一節にある最後の “Paradox and Bedrock” は、実在する地名であることが地図とともに明かされ、参加者全員が、まさに前セクションで説明のあった「オトリ」にまんまと引っかかるという“オチ”。野田先生流の反転、裏切りによる独特の手法で、文学の読みの深さを最後に指導してくださった講義となりました。
エピローグ:夏目漱石『三四郎』を通してあぶり出される、人間の自然に対するまなざし
そのあと、講義全体の内容をまとめた野田先生は、〆(?)として、夏目漱石『三四郎』の「自然を翻訳すると、みんな人間に化けて仕舞うからおもしろい」という一節を紹介し、我々がいかに自然のあるがままを受容せず、概念、観念によって、解釈し、利用しようとしているかを、念を押すように、今一度、強調されました。
野田先生は、文学そのもののと同じく、議論も批判もせず、ただ事実を等価に並べ、その豊穣な光景を見せることによって、自然と文学の境界が溶け合う妙味を、参加者全員にたっぷりと味わう機会を与えてくださいました。
最終講義終了後は、18期の吉田さんからご挨拶と花束贈呈。そして、会場に集まった約200名全員が先生を囲んで記念撮影をしました。
懇親会
午後5時半から、日比谷松本楼 立教大学セントポールズ会館店で懇親会がスタート。立食形式で、ビュッフェの食事と飲み物を楽しみながら、それぞれの期ごとに和気あいあいの談笑。そして、RSSC栗田先生からご挨拶と乾杯のご発生があり、しばらくして各期のさまざまなメッセージが、以下のように披露されました。
8期
8期は野田先生がRSSCで受け持った最初のゼミでした。8期ゼミ生のつながりは年2回発行の「キタロウ通信」で今年卒業後10年の節目で20号となりました。野田先生の定年退職を機に一旦お休みすることとなり最終号となります。コロナ禍でも先生はじめ皆の近況に触れて元気をもらいました。(木下)
9期
先生唯一の専攻科ゼミをご担当いただきました。ゼミ活動の中で”自然と人間の問題”を含めいろいろな角度、課題での授業も併せ受けることができました。先生、有難うございました。今後ともわれわれ”トトロの会”も奥さまご一緒に継続していきますのでよろしくお願いします。(伊藤)
11期
11期は女性6名、男性7名の13名でした。向学心の高い仲間たちとともに、様々な交流の機会を通じて親睦を深めながら、野田先生の熱心なご指導のもと、笑顔でセカンドステージを過ごすことができました。ありがとうございました。(田中)
12期
ゼミ生の自分探し、仲間探し、学び直しの実現、そして野田先生のサポートに感謝します。野田先生の傾聴スタイルに感化されたことが12期生の結束力の源となりました。ネイチャーライティングが教える他者の声への傾聴の大切さも学びました。野田先生の更なるご健勝とご研究を祈願いたします。(永井)
14期
14期はオンラインから途中で対面になったコロナ禍時代の学年です。あの頃「この困難な時代にあっても私達は大学に行くんだ。前に進むんだ」という静かな強さが皆の中にはあったように思います。生徒想いで温かな野田先生と共にあの時代を乗り越えたからこそ、今14期の絆は深いのかもしれません。野田先生、ほんとうに有難うございました。(豊原)
15期
個性溢れる12名の論文を、一人一人に寄り添い温かくご指導くださり、そのお陰で全員が笑顔で修了できました。卒業後も楽しく懇親を深める15期生と、引き続き仲良くしていただけると幸いです。感謝とともに一言、野田先生あっぱれ♪ (高田)
16期
『RSSC大いに楽しんで』とメッセージをもらったり、飯能の美味しい店を教えてもらったりしました。論文提出後の講義や論文指導で自然について深く考える機会を得ました。感謝とともに、この繋がりをこの先も大切にしたいです。(飛彈)
17期
先生の講義がもう聴講できなくなると思うと、残念です。先生と一緒に過ごす機会が他の期の方々よりも少なかったのが、残念。野田先生を慕う同志が多くいて嬉しいです。野田ゼミでよかったです!(後藤)
18期
野田先生の「他者の興味関心を受け入れ知ろうとする姿勢」に影響を受け、18期では互いの研究を理解するため全員の論文をまとめた論文集を作成したことを紹介。楽しんで書くことを教え導いて下さった先生に感謝をお伝えしました。(鵜飼)
立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科・野田ゼミグループ
1人30秒の「一言リレー」で、先生との楽しいエピソードや先生からの忘れられないお言葉が披露されました。(中村)
各期の先生へのメッセージが終わった後、野田先生の奥様・美佐子夫人からのご挨拶は、奥様ご自身からのご提案で、ゼミ生からの質問を受けるという趣向となりました。結婚50周年、金婚式を迎えられるご夫婦の円満の秘訣や、喧嘩をした時の仲直りの仕方などについて質問が挙がりました。普段からそうであるように、喧嘩をした場合でも、話し合いをして解決するといったエピソードが披露され、フロアには感嘆と笑顔が溢れました。
そして最後に、野田先生が敬愛する作家であり、かつ大東文化大学名誉教授でもいらっしゃる中村邦生先生から、先生との約50年間の友情、そして野田先生の「推し」である音楽ユニットPerfume(パフューム)について野田先生が以前に「香水論」(http://nakamurakunio.com/isouroutop.html)と題し執筆なさったこと、また野田先生が「聡明すぎる」人物であることなどが語られ、次の野田先生のご研究、ご著書を、ゼミ生全員で待ち望んでいると、野田先生ご自身に、折に触れ、お伝えするようにとのあたたかいお言葉をいただき、盛会のうちに終了となりました。











