コロナ自粛が始まって約4か月、人との接触を断って一人暮らしを満喫していた私に、ある日小さな封書が届いた。調布市からの郵便物だ。もしかしてまた何かの給付金かな!なんて根拠のない淡い期待を胸に封を切った。
中からはうす青色の小さな厚紙が三つに蛇腹折りされた状態の、何やら記憶のある手触り感の物体が出てきた。昔の健康保険証みたい!!と思いながら一枚目の表紙に目を落とすと、そこには「介護保険被保険者証」と書いてある。えっ、何?誤配?やだ~!思わず宛名を今一度確認してみた。私の名前が書いてある。その瞬間、私の体に衝撃が走った!
私は数年前に介護ヘルパー2級の資格を取得しているが、その時さんざん目にしたあの「介護保険」という文字。いつか役に立つだろう!と、結構なお金をかけて知識を身に着け、実務も体験して取った資格である。が、実はまだ実際に役に立てていない。そうこうしているうちに体はなまり、記憶は薄れ、人との接触に抵抗さえ抱き始めている。そんな私に突き付けられた現実が「介護保険被保険者証」であった。日本では65歳になるとこの保険証が全員に配られるが、65歳=介護保険という実感が全くなく、このうす青い保険証を手にして初めて自分の立ち位置を無理やり認識させられた、という体験をされた方は少なくないと思う。
実は私は65歳になるのがとても楽しみだった。というのも、私はある事情で年金の分割というのをしていて、65歳までは厚生年金部分(ここが年金分割の対象)を受け取り、65歳からはそこに私の国民年金が加算される。年金分割については、ご興味のある方には詳しく説明するとして、とにかく65歳からは年金が増えるんだ、と単純に喜んでいたわけである。
そもそも日本の健康保険、介護保険、後期高齢者医療制度、さらには年金の積立期間とその受取時期などを正しく理解している人はどのくらいいるだろう?その分野にお勤めの方とか専門家は別として、普通にサラリーマンをやって、女性の場合は結婚して扶養とかされて、さらに一人暮らしになって・・・保険料はいつまで払うの?いつから受け取れるの?
昔私が子育て中、仲の良いお母さんたちとの宴席で、ある女性が、「私の年金は主人が払ってる!」と言ってのけた。その瞬間場の雰囲気は一変した。悪いことに同席していたのは学童に子供を預けて、日夜働き続けている公務員やプログラマーやアパレル勤務のお母さん方。一方発言者は第三号被保険者、つまり扶養家族。
「冗談じゃない!あんたの年金は私らの血と汗の結晶で支えておるのよ!」日本にはこの扶養家族制度という悪制があって、話を複雑にしている。世界に目を向ければ一目瞭然でこんな古めかしい制度がまかり通っている国は日本くらいだ。
コロナ感染対策に関する日本政府の対応を長い間見て来たが、ここにも旧態依然とした悪習がうごめいている。毎日の報道も、もう見るのも聞くのも嫌になる。日本人としてこんなに歯がゆく恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。専門家のはれ物に触るような発言や行動、地方と国とのせめぎあい。みんな覚悟が足りなすぎる。私たちは生活のために仕事に出かけ、商売に取り組み、家庭は覚悟をもって家族を迎えている。夜の街だってそうだ!それなのに政治家は、政府は、都は、・・・。あっ、すいません。話がつまらない方にそれました。
そう、衝撃が走ったまましばらく動けなかった私は、そのうす青い物体をそっと折りたたんで封筒にしまい、見なかったかのように机の引き出しに眠らせることにした。避けようのない現実を潔く認め、残された人生に対する一種の覚悟の念を込めて・・・。
(7期生:梅原)
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