40代に入ってスキューバダイビングを始めた。100本以上潜った中で最も衝撃的だったのは海中を泳ぐカラフルな魚の群れや色鮮やかな珊瑚礁ではなく、フランス人が放った一言だった。(左写真:ペスカドール島)
20年ほど前、フィリピンセブ島の世界的なダイビングスポット、モアルボアル(ペスカドール島)に潜った。この島へは桟橋から20人乗りのボートで約30分の時間を要する。私の隣に30代と思しきフランス人ご夫妻が座ったので、ダイビングについてどこに潜ったか等いろいろ話をした。最後にいつ帰るか聞かれたので、明日の朝7時半セブ発成田行き直行便と答えると、ご主人の顔色がさっと変わった。そして「あなたがホテルに戻って真っ先にやらなければならないのは、明日の航空便をキャンセルすることです」と打って変わって険しい表情で言う。これには少々説明が必要だ。
ダイビングは背負ったタンクから酸素を補給するが、深く潜ると水圧が増し空気に含まれる窒素が体内の細胞に溶け込む。浮上して圧力が減ると余分な窒素は呼吸とともに体外へ排出されるが、体内に残った窒素の量が多い場合、血液や細胞に窒素の気泡が蓄積され、「減圧症」を発する危険を伴う。「減圧症」は関節の麻痺やしびれを引き起こし、重症の場合神経や脳・肺に異変が生じることもある。ダイビングの直後飛行機に乗ると高度が上がり、気圧が低くなるに従って体内に残っている窒素が膨らむ。その膨らんだ気泡によって「減圧症」になるリスクが高まる。
ではダイビング後、飛行機に乗るまでどのくらい時間を空ければ問題ないレベルまで窒素が減少するのか。ガイドラインがあって数日に渡ってダイビングをした場合、少なくとも18時間、できれば24時間以上間隔を置くのがベストとされている。この日のダイビングは午後2時に終わったので、明朝飛行機に搭乗するまで24時間の空きはない。ダイビングが終わって分かれる時、再度キャンセルするよう念を押された。
数年後、サイパンにおける体験はこれと対照的だった。日本へ帰る日、午後4時前の搭乗なのでゆっくり休養するつもりが前日潜った後、日本人インストラクターからせっかくサイパンに来たのだから著名なダイビングスポットのグロットに潜らないか誘われた。このスポットは、洞窟の中に太陽の光が差し込むと海水が鮮やかなブルーに変化するので人気がある。インストラクターは朝の6時に潜り、潜水時間20分程度、最大深度12,3メートルであれば問題ないと言う。(通常のダイビングは1回の潜水時間40~50分、最大深度20数メートル)潜水の9時間後には飛行機に搭乗するのでさすがに迷った。結局潜ったが、潜水時間を短く最大深度を浅くしても「減圧症」に罹患するリスクが減少する科学的根拠はない。
この二つのエピソードから欧米人と日本人の考え方の違いをはっきり認識した。つまり欧米人は、ルールと違うことをしようとする人には赤の他人でもはっきり指摘する。一方日本人は、間違っていることであっても他人に注意するのは憚られる。余計なお世話と思われるのではないかと自重する。見て見ぬふり、忖度の文化と言っていい。せっかく外国まで来たのだから多くの観光名所を巡り、帰る当日もダイビングを楽しむ。よく言えば柔軟性がある反面、悪く言うと無原則、何でもありにつながる。幸い体調に変化はなかったが、今ではサイパンで潜ったのは後悔しているし、フランス人のアドバイスを無視して航空便をキャンセルしなかったのを恥じている。(7期生 福島正純)
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