私は温泉が好きだ。火山国日本には、各地に名だたる温泉街が数えきれないほどある。有馬温泉や草津温泉、別府温泉など、メジャーな温泉地もいいけれど、私はどちらかというと東北北陸北海道、人里離れた名もない温泉源を巡って見知らぬ山間を歩き、川沿いや森林の中に湧き出ている水たまりのような温泉を見つけては、浸かってみるのが好きだった。もちろん若い頃の話であるが、今考えると恐ろしく危険な行為だったのかもしれない・・。

さて時は経てこのところの私のお気に入りは湯河原となっている。通い始めて20年近くになるだろうか、それほど遠くなく気軽に足が向き、比較的人が少なく、泉質もさらりとしていて肌に優しい。町は全体的に寂れていて、観光するところもあまりなく、大概の人は熱海めがけて通過していくので、本当に静かであった。

私の定宿は奥湯河原にある清流沿いの宿で、屋上に広々としたいくつかの露天風呂があり、新緑や紅葉の山が迫り、朝風呂は遠くに海の輝きを望み、夜中には天気さえよければ手の届きそうな満点の星空を独り占め。食事はもちろん部屋食で、新鮮な魚を中心とした献立に、器の美しさも楽しめて、至福の時を過ごすことができた。

ところがコロナになる少し前からこの宿にインバウンドの観光バスが襲来し始めた。天空の露天風呂はいつも人がいて、部屋で食事をしていても、外の騒がしい声が聞こえてくるようになった。ある種のインバウンドは声が大きい。こうなると料理もなんだかおいしくない。やだな!・・と思っているうちにコロナになって、2~3年ほど温泉から足が遠のいていたのだが、最近になってまた湯河原に行きたくなって、私好みの宿探しが始まった。

しばらく見ないうちに老舗の温泉旅館が高級リゾートクラブに変貌を遂げ、駅前は有名な建築家が手掛けたという、材木を組み上げただけの穴だらけな駅舎が建立され、あちらこちらに高価でしゃれた宿が林立していた。私の好きな、長閑で出遅れ感のある湯河原の町が醸し出す空気は消え、インバウンドこそまだ少ないが、何よりも人が増えている。

それでも私好みの古びた静かな宿はないかと探して、やっと見つけたのが奥湯河原の一番奥にひっそりと佇む、昭和14年創業、木造二階建てでわずか14室の、文人墨客に愛された純和風旅館であった。入口では漫画家清水崑先生由来の河童の像(右写真)が出迎えてくれる。

ここには小さな二つの貸し切り露天風呂があって、予約も時間制限も無く、空いてさえいれば自由にいつまででも浸かっていられる。入口にある札をくるっと「入浴中」にして鍵を掛ければ誰にも邪魔されず、季節ごとに桜や金木犀や紅葉を眺めながら、持ち込んだ缶ビールを楽しむことができる。食事も部屋食を堅持してくれていて、私たちの世代に合った質と量の気の利いた料理で、舌も心も大満足である。この宿を見つけて一年半近く、もう4~5回は訪れているが、前回いつものようにおかみが部屋に挨拶にきて、この月末でおかみを退任することになったと告げられた。とうとう来たか・・と、覚悟はしていたものの寂しく名残惜しい気持ちになった。

確かにこれだけの古びた建物や風呂を、不潔感なく維持していくのは大変な労力だろうし、ましてや部屋食ともなれば、仲居さんが部屋ごとに食事を運び配膳のたびにしゃがんだり立ち上がったり。志村けんのコントほどではないが、今では返ってこちらが申し訳なく思えてしまうような古参の仲居さんばかりで、人手不足の厳しさを感じざるを得ない。

また一つ、私の好きな宿が姿を変えていくのか・・。さて、次はどこら辺りを探そうか・・。どなたかちょうど良い情報あったら教えてください。(7期生 梅原)

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