今年2月中旬「電気代の高騰で大学が苦境 東京藝大、ピアノ5台を24万円で売却」(2月20日朝日新聞デジタル)が報道された。ことの始まりは2月2日、同大学の学生がTwitter上に「藝大、本当にやばいかもしれない」とのつぶやきと共に「大学の予算削減のため、2部屋のピアノを撤去することとなりました」との告知文画像を投稿、学生を中心に不安が広がった。ピアノがピアノであるためには定期的に調律が必要でこれを怠ると粗大ゴミになる。藝大では電気代高騰に対応するため調律費削減を決定し粗大ゴミとなる前に売却することにした、ということなのだが「そんなに危ないのか!」と学生達が動揺した。
このツイートが一気に拡散した背景には伏線がある。昨年出版され一時期書店に平積されていた「音大崩壊」(大内孝夫:名古屋芸術大学教授・著 ヤマハ)という本である。
「少子化で音大志望者とりわけ女子受験生が激減して音大が存続の危機にある」という内容で音楽や教育関係者を中心に話題になった。「でも藝大は関係ないだろう」と皆が思っていた矢先に「ピアノ売却」が学内で告知され驚きが広がった。
文科省の学校調査によれば少子化で18歳人口は1992年の205万人をピークに下降を続け2022年112万人と半減に近く、大学志願者の絶対数が少なくなっている。一方でここ数十年間女子の大学進学率は伸びており大学全体では女子学生が約3割増加しているのだが、音大の女子学生は約4割もの大幅減となっている。
かつて音大生の多くを占めていた女子学生は経済的に余裕のある家庭の子女が多く、卒業後は「家事手伝い」をしながら僅かな演奏活動や音楽教室の指導者等を経てやがて専業主婦となるパターンが主流であった。女性の地位向上、自立が社会的コンセンサスとなった近年では大学卒業後は就職が一般的であり、就職が難しい音大志願者が激減して経営崩壊の危機あると著者は述べている。女子大も「東京女学館大学」が2017年に閉校、「恵泉女学園大学」は来年度から生徒募集停止する。女性の自立や社会的ステイタスの向上が女子大や音大崩壊の要因となっているのは事実である
上野駅近くにキャンパスがある上野学園大学は一時期著名なピアノ指導者が在籍したことから多くの受験生を集め、盲目のピアニスト辻井伸行も東京音楽大学付属高校から上野学園に進んでいるのだが2021年以降生徒募集を停止している。音大受験生は偏差値ではなく自分が指導を受けたい指導者あるいは専攻が優先し、東京藝大に合格しても私立大学を選択する生徒は珍しくない。音大での専攻実技は個人指導が基本でレッスン室や個人練習室が多数必要であり、更に演奏会ホール、各種楽器も備える必要がある等、施設・設備及びその維持管理費は一般大学より割高で効率が悪い。
私は「音大崩壊」の著者が崩壊の危機に瀕していると述べている少人数教育の東邦音楽大学を今年3月に卒業した。著者は時代に対応できない学校経営が問題であり、著者が所属している名古屋芸術大学あるいは昭和音楽大学、洗足学園音楽大学のようにジャズ、ロック、ポップス(シンガーソングライター)、声優、バレエ、ダンス、イベント運営スタッフ(音響、照明、ステージ進行)等々、音大も時代の要請に応じて変革しなければならないと述べているが、銀行出身の著者の視点は「いかに利益を上げるか」「いかに儲けるか」であり、実務教育にシフトすることが先進的という提言は、そもそも大学のなすべき役割は何か、が考察の根底から抜けている。 ※(上写真)東邦音楽大学・川越キャンパス(ホームページより)
3月13日RSSC高橋輝暁先生最終講義を聴講させていただき、すぐに役立たない人文学的教養が人間形成や教養の基礎であることが改めて腑に落ち、昨今の大学は卒業後すぐに役立つ技術を学ぶ専門学校化していることに日本の将来を杞憂しながら本稿を記した。(7期:土谷千明)
<補足資料>
各音大の公表資料(2022年度)によれば専任教員一人当たりの学生数(1~4年生)、武蔵野音楽大学16.2人、国立音楽大学17.3人、桐朋学園大学15.14人、名古屋芸術大学21.5人、昭和音楽大学22.3人、洗足学園音楽大学34.39人、東邦音楽大学6.5人。
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