風薫る5月の散歩道。私は鼻の穴を大きく広げて歩いている。青々とした樹々の間を吹き抜けていく風が、甘い香りを運んでくる。マスク越しにもそれとわかる香りは、バラ。

私の住む地域では、バラを素敵に植樹している住宅が増加している。また、散歩道の途中には大きなバラ栽培農家があり、バラの苗木を販売している。そんなわけだから、あっちからもこっちからも様々なバラの香りが漂ってくるのだ。

一口にバラと言っても、香りは千差万別。外見は華麗だが、香りがないものもあれば、控えめな外見からは想像もできない強い香りを放つものもある。香りに誘われて、よそ様の庭の前で鼻をひくひくさせながらバラの季節を楽しませていただいている。赤・白・ピンク・黄・オレンジ・紫と花の色も様々である。それぞれに花言葉があり、赤の「情熱」は誰しも知るところだ。ちなみに私好みの淡い紫系のバラの花言葉は「気品」。

自慢ではないが、いや、やはり自慢だろう、私は鼻が利く。匂いの微妙な違いが分かる人なのだ。自己主張の強いバラの香りの隙間から、ほのかな香りをキャッチ。甘さの中に爽やかな香りが混ざる。こちらは夏ミカン、ユズなどの柑橘類の花の香(左写真はスダチの花)。冬になれば黄色の実をつけ存在感を示すが、5月に咲く花は目立たない。だから香りの源を探し当てた者だけが、濃い緑の中に小さいけれど凛とした白い姿をとらえることができる。鼻利き冥利に尽きる。

実をいうと、食べ物の匂いの嗅ぎ分けにこそ、私の鼻は力を発揮する。バルセロナを旅行した時のこと。生ハムのサンドイッチの朝食をとった帰り道、どこからか、香ばしい匂いが漂ってきた。匂いにつられてふらふらと歩いて行くと、一軒のパン屋に辿り着いた。焼きたてのクロワッサンが光っていた。迷わずクロワッサンと紅茶をぺろりと平らげた。ホテルに戻りガイド本を開いてみると、その店は「バルセロナを訪れたら必ずクロワッサンを食べるべき店」と紹介されていた。旅先ではこの鼻のおかげで美味しいものに出会うことが多かった。匂いがごちそうをさらに引き立てるのは言うまでもない。私にはごちそうを前に、鼻の穴を大きく広げてクンクンと匂いを嗅ぐ癖がある。この癖は「気品」という言葉からほど遠いかもしれないが、香ばしい(こう)匂いは香しい(かぐわ)花の(か)同様、私を幸せにする。

ところで、鼻の穴の働きを考えたことはあるだろうか?鼻には多くの興味深い働きがあるが、主な役割は呼吸と匂いの嗅ぎ分けである。鼻は左右交代で片方ずつ呼吸をする交代制鼻閉(ネーザル・サイクル)という省エネ作業をしている。主に片方の鼻で呼吸し、もう一方の鼻で匂いを嗅ぎ分けている。鼻の奥にある鼻甲介の毛細血管は約2、3時間ごとに充血・膨張を繰り返し、鼻の換気機能の修復と免疫機能の強化をしている。膨張した鼻孔は空気が通りにくくなる。こちらの鼻の穴を空気がゆっくり通ることで嗅ぎ分けが可能になるという仕組みらしい。

人は犬並みに多くの匂いを嗅ぎ分けることができるという。そういえば、イタリアで犬とトリュフハンティングをしたとき、私は土の中のお宝の匂いをキャッチすることができた(ホントの話)。

昨今、匂いと認知症の関係が注目されている。加齢によって匂いの感覚が弱くなる現実。匂いを感じにくくなったら、認知症の始まりかも?そこで、良い香りのハーブオイルを身に着け、深い呼吸をすることで、匂いセンサーを強化し、認知症の予防と改善を図る試みが既に始まっている。

そんなわけで、初夏の風が運んでくる香りを楽しみながら、今日も私は鼻の穴を大きく広げて歩いている。(7期生 齊藤)

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