私は今、地元、杉並区立郷土博物館の古民家で囲炉裏に火を入れ、囲炉裏番をしながら静かで穏やかな時間の流れるどこか懐かしい空間で、来館者との一期一会の時間を大切にしながら過ごしています。
この業務は、区立郷土博物館から委託を受けたもので、NPO法人の一員として、年間を通じて土・日・祝日の午後に古民家の囲炉裏で火を焚き、茅葺き屋根を保護するための燻煙と来館者に昔の生活を知ってもらうための案内をしています。
この古民家は230年ほど前の江戸時代後期・寛政年間の建造と推定され、杉並区の平均的な本百姓層の農家を復原したもので、区の指定有形文化財となっています。
古民家には、さまざまな来客があります。外国人は古い木造建築や仏壇・神棚を観て宗教の違いや日本の風習に興味を示します。
お年寄りはかまどや土間、囲炉裏、民具など、かつて自分が使ったり、見聞きしたりしたことのある道具に郷愁を覚え表情が弛みます。こどもたちは、置いてあるコマ・メンコ・竹トンボ・ケン玉・綾取り・お手玉などに興味を示し、自分もやってみようとします。
古民家には、年月を重ねた建具や生活の匂い、冷んやりと涼しい感じ、刻々と流れるような静けさと佇まい、そして懐かしさがあり、これらは人知を超えた伝統の力で癒しを提供してくれます。古民家はどっしりとした造りで、天井が高く、室内の圧迫感はなく、ゆったりと心地よく生活をするための家といえます。囲炉裏の火には人を集め、手をかざし合い、知らない人どうしでも分け隔てなく、本音で語りだしてしまう力がありそうです。薪の燃えるかぐわしい匂い、燃える焚き木のはぜる音、ゆれる赤い炎は人間の本能を揺さぶるものがありそうです。
来館者が来られると、囲炉裏にお誘いし火を焚きながらお話を聴いています。ふと気が付くと、古民家と囲炉裏の火が醸し出す優しさからか、個人的なお話までされています。私はただひたすら聴き役に徹し、お客様が自分自身を見つめる貴重な時間をご一緒することにしています。傾聴ボランテイア活動の経験が生きています。
先日来館された方は、「定年を迎えた今、これからどう過ごそうかと悶々としていた時、ふと古民家を知り寄ってみました。今日は久し振りに、人と話をすることができて良かったです」とおっしゃっていました。コロナ禍の中、人は皆、孤独感にさいなまれていて孤独との間合いの取り方にとまどっているのではないでしょうか。
私自身は、古民家のもつ多様性と伝統の重みに浸りながら、さまざまな来客との会話から教わることが多く、大変勉強になります。昔の生活案内をするためには勉強しなければならないことも多く、資料を読み込みながらの検証を欠かせません。
激しく変わりゆく世の中に背を向けたように静かに佇む古民家で、さまざまな人を迎え語りあえる至福の時間は、私の人生の終盤に貴重なひと時を与えてくれます。(七期生 齊藤昭則)
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