毎年11月、喪中はがきが届く。今年届いた中に高校時代の友人の一枚があった。
年始の挨拶を控えるという文言の後には続きがあって・・・。

「これを機会に、年賀状を卒業したいと思います」

えっ?年賀状を卒業する?
それって、細くて切れてしまいそうな私との繋がりを終わりにするってこと?
そう遠いところに住んでいるわけではないが、会う機会もないまま、長い間年賀状のみの付き合いではあった。でもね、だからこそ、私としてはね、年に一度自分がつつがなく毎日を送っていることを知らせる手段、そして、相手が元気にしていることを知る機会として捉えていた。細くて切れてしまいそうな糸でもなんとか繋がっているという思い込み。
友人の年賀状卒業宣言に心がざわつく。
年賀状を卒業することを終活の一環と考えているシニアも多い。でも、そこまで断捨離しなくても・・・と心のどこかで思う自分がいる。

新年の挨拶は直接相手に会って言うのが一番だが、なかなか会うことのできない人たちとは年賀状のやり取りを続けている。
まず、小・中・高校の同級生。もう、何十年も会っていない。結婚して子どもが生まれて、おばあちゃんになって、という環境の変化は年賀状を通して得た情報だ。年に数回会うこともある大学の友人やかつての職場の仲間たち。退職して悠々自適の生活していること、ボランティア活動をしていること、体力づくりに励んでいることなど年賀状にはたくさんの情報が面白おかしく記されている。
それから、仏の席で会うことが多くなった親戚関係。
教え子とその保護者。ちびすけだった小学生が大学生になったとか、就職したとか、結婚して母親になったとか、こちらはめでたい情報が多い。はがきを手に、「私も歳を取るわけや」と独り言ちる。

年賀状のルーツは飛脚が活躍した江戸時代まで遡る。
平安時代には既に年の始めにお世話になった人や親戚の家を回って挨拶をする《年始回り》の習慣があった。江戸時代になると、この年始回りのほかに、遠くに住む人にも年始の挨拶を書状にして届けるようになった。しかし、この時代、年賀状はまだまだ特別の人たちの物であった。

明治になり、郵便制度の開始とともに、郵便はがきが販売されるようになると、元日の消印が人気を呼び、広く年賀状ブームが起こる。年末に投函したはがきが元日に配達される年賀郵便の特別取り扱いは明治32年に導入され、現在まで続いている。

昨今はメールの普及とともに年賀状離れが進んでいる。昭和24年から続くお年玉付き年賀はがきの今年の発行枚数は約24億枚、一人当たり18.6枚とか。ピーク時(2003)の半分ほどだ。販売促進を図りたい日本郵便は、ここ数年人気グループ「嵐」をCMに起用している。今年は5人それぞれの「一言が、愛になる」という15秒の物語で勝負をかける。誰かに思いを馳せてペンを走らせる大野君。郵便受けからはがきを取り出し、差出人を想う二宮君。う~ん、このCM悪くはないけど、販売枚数を増やすことができるのかどうか。

「春の始めの御悦び、貴方に向かってまず祝い申し候」

現存する最古の年賀状といわれる『庭訓往来』の一文例。
ほかの誰でもなく貴方に向かってお祝いの言葉を伝えます、という何とも直接的な語り口。こんな風に友人と新しい年を迎えられたことを喜び合いたいものだ。
年に一度だっていいんじゃない?
私は今年もはがきの向こうに相手の顔を思い浮かべながらせっせと年賀状を書く。
さて、あの人にはどんな一言を添えようか。

最後になったが、どなたさまも良い年を迎えられますよう。
(7期生 齊藤)

 

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