歌舞伎を観たい、気持ちが沸き上がる。演目や役者に惹かれることもあるが、大抵は銀座の歌舞伎座、京都南座へ行きたい、というその場所を訪れたい衝動にかられる事が多い。
結婚生活を始めたマンションの一階にNHK大河ドラマ「いだてん」の主役(当時はワンパク幼稚園児)の父である歌舞伎役者ご一家が住んでいたのが、初めて「歌舞伎」という言葉を意識した若い頃の記憶である。
当時は私自身の子育てが忙しく、せっかくの環境を活かすようなきっかけを作ることはなかったが、娘たちが通う中学のPTA活動で年に一度の歌舞伎鑑賞が先生と役員との必須の懇親の場であったことから、徐々に歌舞伎を観るという事がごく普通に生活に溶け込むようになっていった。
また、その頃、主人の父が京都の知人の伝手で祇園甲部のお茶屋に裏口から入り雰囲気だけの芸子遊びをしていた縁で、時に私達を連れて「都をどり」や京都南座での年の瀬恒例歌舞伎「顔見世」を観る機会を与えてくれた。
そしてそれからも折々に歌舞伎を観る機会に恵まれてきた。歌舞伎を一緒に観る大切な人に恵まれてきた。
今回は親友と観る『七月大歌舞伎「星合世(ほしあわせ)十三段 成田千本桜 市川海老蔵十三役早替り宙乗り相勤め申し候』である。
市川海老蔵が十三役を一人早替りで挑む舞台は、13役をたった一人で演じ分け、約4時間にもわたる夜の部の講演であった。
演目は古典歌舞伎の名作『義経千本桜』。演出家の石川耕士氏によれば『義経千本桜』のテーマは、親子さえ殺し殺されねばならず、しかも死によって解決もされない修羅の人間世界-それが人間ならぬ狐の親子の情愛と対比されることで鮮やかに浮かび上がる、と解説している。
舞台が回転するたび、早替りで登場するスピード感、赤や青の隈取を替え、歌舞伎の衣装が次々に替わる。花道から登場したと思えば宙乗りでは狐の姿で歌舞伎座の3階に消える。脇を固める舞台人の踊りも軽妙でリズム感があり、派手で華やかな舞台は正に全巻圧巻のエンターテインメントであった。
宗家藤間流 八世宗家 藤間勘十郎も演出家の一人として「今を生きる歌舞伎として、時の華の市川海老蔵を最大に生かし、後世に残る作品がここに誕生することを確信している。」というコメントを寄せている。
昼の部、勧玄くんの歌舞伎十八番の内『外郎売』と共に話題になった七月大歌舞伎、役者一家の乗り越えた苦難に思いがよぎるほどに、鮮やかな舞台は益々私たちの気持ちを惹きつけた。新しい歌舞伎のワクワク感に魅了された一夜であった。 (7期 吉岡)
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