柚子が恋しい季節になった。冬至が近くなると、八百屋の店先に丸くてちょっとでこぼこの黄色い姿が並ぶ。思わず手に取り、深く息を吸う。爽やかな香りに誘われ、一つ購入して玄関に置く。近年、一年中購入可能なリンゴやミカンに季節を感じることは少なくなったが、柚子は確かに季節を運んでくる。店に並ぶより先に、民家の庭先にたわわに実った柚子を見つけることがある。濃い緑の葉を背景に黄色の実が目に飛び込んでくる。私にとって柚子は冬の到来を告げる果実である。
日本における柚子の歴史は古い。中国の揚子江上流を原産とする柚子は、朝鮮を経て飛鳥奈良時代には日本に伝わり、薬用などの用途で栽培されていたという記載がある。果肉を食すというよりは、果汁や果皮を食や健康に生かし、実に千年以上も柚子との関わりを続けてきた。現在の中国で柚子といえば、グレープフルーツのように果肉を食する果物をさし、日本の柚子とは一線を画す。隣国の韓国では柚子茶が現在もよく飲まれており、日本の柚子とほぼ同種が栽培されていると思われる。
余談だが、日本原産唯一の柑橘類としては「右近の橘」で知られる橘がある。初夏に柚子のような白色の花を咲かせる。柚子よりも小さい果実は小さく食用には向かないが、そのほのかな香を心の隅にしまって慈しんできたと思われる。
五月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする (古今和歌集 読み人知らず)
橘の花の香りは、昔の恋人へのほろ苦い想いと結びつけて読まれてきたようだ。
古来、「橘」は柑橘類の総称としても使われてきたという。日本には本柚子、花柚子、橙、金柑、蜜柑、朱欒(朱欒)、文旦など様ざまな柑橘類が存在したが、大きさも香りもその楽しまれ方も様々であった。ミカン属常緑小高木であるユズは耐寒性が強く、東北以南で栽培可能であるため、屋敷の周りに植えられて、ほとんどが自家消費されてきた。「桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年」という言葉があるように、柚子が実をつけるまで長い年月がかかる。だからこそ、その花の香りや果実に対する思いも特別だったのだろう。本格的な栽培は江戸時代で、埼玉県毛呂山で栽培され、江戸のまちに供給された。京都の水尾、大阪の箕面などでも盛んに栽培され、上方の食文化を支えてきたことは容易に推測できる。現在では高知県と徳島県が栽培量の70%を占めている。
柚子の独特な香りと酸味は調味料として広く料理に使われてきた。また、柚子味噌、柚子胡椒のように薬味として重宝されてきた。そして、なんといっても果皮そのものを使った茶わん蒸し。ゆっくりふたを開ければ白い湯気とともにほんのり立ち上る柚子の香り。器の中には卵液よりもちょっと濃い目の柚子の果皮。小指の爪ほどの大きさなのにその存在感の大きいこと。さらに柚子釜などの器としても彩を添え、料理を御馳走に変えてきた。最近では海外でも人気が高まり、フレンチやイタリアンでも供されるようになっている。
さて、冬至といえばゆず湯。ゆず湯は銭湯が始まった江戸時代に広まり、現在に至っている。黄色の丸い柚子が湯船に浮かんでいるのを見ると、もうそれだけで楽しい気分になる。香りを楽しみながら血行促進の効果も期待できるといえば、まさに極楽。私は長年、柚子の姿、香りに冬の訪れを感じてきたのだが、俳句の世界では少し事情が異なる。柚子の花は夏、緑の実は秋の季語となっている。そして、黄色の柚子が浮かんだ湯は冬の季語。無病息災を願って今年もゆず湯を楽しむことにしよう。
うれしさよ 柚子にほふ湯に ずっぽりと (日野草城)
(7期生 齊藤)
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