近いうちに引越しをすることになるだろう。
私の父は公務員の転勤族。おかげで私は小学校も中学校も高校も二校ずつ経験している。せっかくできた友達と2年やそこらで「サヨナラ!」と手を振って別れ、全く新しい土地で不安いっぱいに「初めまして」と言う暮らしを大学に入るまで続けてきた。そのせいか母は引越しのプロで、私もその母の手伝いを良くしたものだ。こうした経験が役立っているかどうかわからないが、今でも引越がそんなに大仕事だとは思わない。茶碗を新聞紙にくるんで段ボールに詰め込むような作業はなかなか手際が良いと自分ながらに感心している。大学を卒業してからも、いろいろな生活の変化や事情で、だいたい5年から10年に一回のペースで引越しを続けてきたが、そんな私の引越し人生も今回でおそらく最後になるだろう。

住み替えるというのは何とも細かな雑用が山積で煩わしい作業ではあるが、それにもまして新しい家での暮らし方をああでもない、こうでもないと想像することは、なぜかウキウキと心が弾むものである。実際には叶わないとわかっていても、カタログやネットなどで高級な装飾の寝室や居心地のよさそうなリビングの写真を見ると、頭の中ではもはやそのイメージの中に浸っている自分がいたりする。

「バス通りからそのマンションへは、緑に飾られた散歩道がなだらかにカーブしてつづき、ロータリーに一歩踏み込むと、円形の車寄せが突然現れる。緑に抱かれたコロシアムみたいだ。入口の自動扉があくとやや広いエントランスが広がっている。正面にはコンシェルジュが控えるためのシンプルなカウンターが、まるで湖に浮かぶ小さな島みたいにぽかんと置かれていて、スポットライトが上下からそのカウンターを照らしている。
その他には、駅からこの建物を訪ねて歩いてきた訪問客がしばし休憩できるように、背もたれの無い3人掛けのローソファが一つ用意されているだけだ。その椅子に座りフッと目を上げた正面の壁には、小さめの抽象画が4枚、等間隔で賭けられている。それぞれの色彩の変化や造形の移り変わりを見ると、おそらく四季をイメージした抽象画なのだろう。広くあけられたガラス張りの窓から光が降り注ぎ、その一枚一枚が一年の季節の移り変わりを穏やかに演出している。

そんなシンプルで明るいエントランスを通過して居住区に通じる扉を抜けると、そこには片面ピロティのコンクリートの廊下がまっすぐに伸びている。左側はコンクリートの打ちっぱなしの壁に様々な共有施設につながる扉が整然と並び、右側は中庭に面したピロティだ。等間隔で丸い木製の柱が続き、そこから各々の居住区に繋がる渡り廊下のような通路が伸びている。その先がいよいよ我が家の玄関だ。そしてその扉の向こう側では、私の帰宅を待ちわびている愛犬のバジルが、おそらく私の足音を聞きつけて、ドアに鼻を擦り付けている事だろう。彼はドアを開けると同時に飛び出して来て、私が戸惑うばかりの喜びのダンスをいつものように披露してくれるはずだ。」

今度私はどんな棲家に移ることになるのだろうか?想像の世界では理想が膨らむばかりだが、現実とのギャップはかなりある。それにしても、ふっと我に返って辺りを見回してみると、何と持ち物の多いことか!! うっとりと新しい棲家のイメージに浸っている場合ではない。目の前のほとんどゴミといっていい永い暮らしの付随物を、つまらないこだわりや執着と一緒にどうやって切り捨てていくか!これが今の私の最大急務の課題になりそうだ。
(7期生:梅原)

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