8月に入った。きっと夏のバカンスを存分に楽しまれていることだろう。これからという方には、私のイチオシ、夏の京都をお薦めしたい。
私はここ10年、年3~4回ほど京都を訪れているが飽きることがない。毎年お盆明けの暑い京都を訪れている。1週間ほど御所近くのホテルに滞在し、暮らすようにのんびり京都の町を歩くのが私のお気に入りだ。祇園祭り、五山送りが終わると京都の混雑も一段落する。裏通りの町家小路ではひっそりとした平常の生活が戻っている。ゆっくり歩かなければ見逃してしまいそうな小さな寺社がきちんとお供えをされて葦簀や簾を下げた町家とともに立ち並んでいる。生活に欠かせない魚屋さんや豆腐屋さんが店を開けていて、生活の匂いが漂う。とはいえ、のんびりはんなり、なぜか東京にはない情緒を感じてしまうのだ。そう、私は大の京都好きである。伝統をもたない根無し草的東京人は、歴史と伝統をもち続ける京都に弱いのである。
『京都ぎらい』の著者井上章一さんは、「洛外人」であることから苦い経験が多いらしい。氏は「洛中人」の優越意識を≪実は落ちぶれかけた自分への劣等感からくる空威張≫として、著書の中で告発している。京都人の中でさえそうなのだから、東夷と呼ばれ続けた東京人ならば、京都人の≪イケず≫を経験された方も少なくないだろう。私も京都の食事処で極まりの悪い思いをしたことがあった。≪一見さんお断り≫という雰囲気は特に東京からのおのぼりさんに向けられているような気さえする。江戸からやってきた弥次さん喜多さんも、同じく≪イケず≫を経験したようだが、それさえも気づかず京都の素晴らしさに大興奮したらしい。この二人の態度はある意味正しい。私も知ったかぶりせず、千年の歴史と伝統を尊重し、謙虚な気持ちで京都人と向き合うことにしている。道を尋ねるときも、寺社の由緒を聞くときも、食事をするときも。すると、相手は、「よう遠くからおいでなはりましたなあ」とか言いながら、懇切丁寧にこちらの質問や要望に答えてくれる。基本、京都人はおのぼりさんを自認する人間には親切なのである。
そうそう、ここいらで夏の京都のお薦めをひとつ。昨年の夏、重森三玲の庭を訪ね歩く目的で京都に向かった。三玲は敷石と苔の市松模様で有名な東福寺方丈≪八相の庭≫の作庭家である。京都には三玲の庭が沢山あるが、まずは吉田神社近くの自邸、今は重森三玲庭園美術館となっている≪無字庵庭園≫を訪れた。自分のためだけに造ったモダンな枯山水の庭は言うまでもなく、自らデザインした茶室や市松模様の襖もすばらしい。帰り際、案内してくれた館長に東福寺以外でお薦めの三玲の庭を尋ねたところ、大覚寺塔頭の瑞峯院を紹介された。ここはキリシタン大名であった大友宗麟ゆかりの寺で、≪独坐庭、閑眠庭≫とともに七個の石を十字架に組んだ庭がある。また、利休が唯一残した二畳の≪待庵≫が国宝として現存している。普段は公開しないそうだが、住職と茶の話をしていたら、なぜか急に見せてもらえることになり、心の中でラッキー!と叫んでしまった。これも東京からのおのぼりさんが、恥も外聞もなく住職の説法に我慢強く耳を傾けた結果であろう。
三玲が手掛けた東福寺、松尾大社の枯山水と比べながら離宮庭園を巡るのもなかなかである。桂離宮や比叡山の麓に位置する修学院離宮には池泉回遊式庭園があり、池や樹木が創りだす涼を感じることができる。池に舟を浮かべて涼をとったり月を愛でたりした京の公家たちに、膨大な時間を超えて思いをはせるのも一興。また、洛北幡枝の圓通寺は、ちょっと不便ではあるが比叡山を借景とする枯山水平庭は観る価値がある。もし、時間に余裕があれば、相国寺の承天閣美術館に足を運ばれてはいかが。足利義満によって創建された臨済宗大本山である相国寺は中近世の墨蹟・絵画・茶道具を多数所有している。琳派の俵屋宗達、尾形光琳・乾山兄弟や伊藤若冲・円山応挙の作品も並んでいる。
基本的に京都の移動は市営バスと自分の足である。一日2万歩は歩く計算になる。歩いた後はもちろん夏の京の味「鱧」をいただく。鱧のてんぷらや青茄子と鱧のイタリアン風炒め物は最高。ビールやワインを飲みながら明日はどこへ行こうかなと考える幸せがある。「ああ、やっぱり夏の京都はいいなあ」(7期生 齊藤)
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