今年(2023年)の夏は、暑かった。と、毎年同じことを言っているようだが、今夏は特に群を抜いていたようだ。気温などのデータが、更新というより大きく塗り替えられた。東京の最高気温の平均値は平年比+2℃以上。30℃超えや35℃超えの日数も平年の倍。温室効果ガスなどによる地球温暖化(いや、地球沸騰化と国連の偉い人が言った)現象だけでなく、太平洋高気圧や海面温度など、様々な要因があったようだが。日本は地球はどこまで暑くなるのだろう。そのうち東京には人が住めなくなってしまうのでは、と心配になる。

で、この暑さを乗りきるには、やはり冷奴をつまみに冷えたビールを飲むことであろう。と、いきなり軟弱な話になる。というのも、先日「高野豆腐店の春」という映画を観てきた。広島県尾道を舞台とする、一軒の豆腐屋の話。老年に差し掛かった店主と、唯一の従業員である離婚して実家に戻っている娘との、明るく爽やかなストーリーである。毎日、毎日、陽が昇る前からおいしい豆腐を作るため、愚直に豆腐作りを続けている父と、それを支える娘。尾道の風土と一軒の豆腐店、そしてその周りの人間味あふれる人たちとの日常と非日常。舞台の場所柄、被爆問題もストーリーに綾を成している。人って、こんなに素直で明るいものなのだとあらためて感じる。楽しければ笑い、怒れば喧嘩をし、悲しければ泣きそして嬉しくても泣く。見終わって、気持が晴れやかになる素晴らしい映画だった。こちらも笑いながら涙が止まらなかった。

 私の子どものころ、夕方になるとラッパを吹きながら毎日自転車で売りに来る豆腐屋のお兄ちゃんがいた。そのラッパは「トーーフィーー♪、トーーフィーー♪、」と聞こえる。すると近所のお母さんたちがぞろぞろ出てくる。皆、お鍋やホーローのボールを持って。今のようなプラスチックの入れ物やビニール袋は要らない。記憶は定かではないが、多分毎日。でも、昔は毎日豆腐や油揚げを食べていたのだろうか。そして彼は豆腐だけでなく、お母さんたちを相手にしばらくの間、油を売って、帰って行く。

 もう一つの豆腐屋の思い出は、私の家の近くの電車通り(かつては都電が走っていたので大通りを電車通りと呼んでいた)に一軒の豆腐屋があった。だが1960年代、都電の廃止が進み、新たに地下鉄建設の工事が始まると、そのお豆腐屋さんは廃業してしまった。地下鉄工事のため、使っていた井戸が出なくなったためらしい。水は豆腐屋の命だったのだろう。時代はオリンピックあたりからの高度成長期。都電やお豆腐屋さんが消えて、ビルや高速道路が増えていった。ノスタルジーだけでは生きていけないが、失ったものと得たものは何だろう。 

さて、今日もスーパーの豆腐を食べながら冷えたビールを飲みますか。この先の風景がどう変わって行くかを想像しながら。(7期生 佐野英二)

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