ビーバーをご存知でしょうか。私の電子辞書によると、「ネズミ目ビーバー科ビーバー属哺乳類の総称。アメリカビーバーとヨーロッパの二種あり。前者は北米に、後者は北米からシベリア、中国北部に分布。尾は扁平、うろこに覆われ、水性に適応し後足の指の間に水かきがある。木を嚙み倒してダムを作り、その中の巣で生活する。」とあります。
私は野生のビーバーは見たことがありません。ですが、木を噛み倒して作るというビーバーの巣を見たことはあるのです。アラスカで。川沿いを散歩している時、フィリップが見つけ、あれがビーバーの巣だ、と教えてくれました。川の中に木の枝を無造作に投げ込んだようなものだと思いました。今朝ラジオをつけると、ビーバーの話を放送していました。でも、すぐ終わってしまいました。
あの時の川の様子とビーバーの巣、フィリップのことが頭に浮かびました。もう20年以上も前のことです。フィリップと出会ったのはネパール。ナムチェバザールの宿に泊まっていた時です。一人でネパールに行ったのではありません。体調を崩して、登山隊を落伍したのです。日本からの山岳ガイドM氏が、下山する仲間を宿で待つように、と指示して私を残し、翌朝出発してしまいました。
快晴でした。体調は回復、お天気も良し。一人でナムチェの集落を歩き廻りました。空は澄み渡り山は輝いていて、静かでした。時々鶏の声がしました。山の斜面にある集落は、土産物や絨毯の店、登山用品の店、ロッジなどが多く、眺めていて飽きません。
宿の庭にテントを張って夕食だけ食堂に来ているアメリカ人のグループがいました。その中にフィリップがいたのです。彼は、私が一人なので気の毒に思ったのか話しかけてくれました。
昼間のナムチェ近辺を歩き、夜はフィリップとのおしゃべり、快適な何日かが続きました。出発の前夜、彼は夏にアラスカの家に泊まりに来るようにと誘ってくれ、家や奥さんの写真を見せてくれたのです。そんな事情でアラスカに行くことになりました。
直前になると、不安顔の私を見て長女が言いました。
「アラスカのフィリップの家まで送ってあげる。すぐ帰るけど。」
それで決行です。不安は消えました。空港には、フィリップの奥さんのローズマリーが迎えに来てくれました。小さな空港でした。フィリップ達の家は、私が想像したよりも大きく林の中にどっしりと建っていました。隣近所の家は見えません。各々が林の中で歩いて数分はかかるのでした。ベランダのテーブルで黄昏の空の下、心地よいお茶の時間を過ごしていたら何と10時を廻っていて、白夜の季節なのだ、と気付かされました。
二人は私のために沢山の計画を立てていてくれました。ハイキング、鯨見学、近所の家訪問、ボランティア参加、栗園の仕事、買い物。たいがいはローズマリーのあとについてどこにでも一緒に行き、午後はフィリップの薪割の手伝い。夜は三人でストーブの部屋のソファで音楽を聴くか、おしゃべりをするのでした。アラスカでの生活は楽しく、忙しく、10日間はあっという間に過ぎてしまいました。思い出は尽きません。
別れの日、フィリップが言いました。
「ヒデコ、今度は冬に来るんだよ。夏に来るのは友達、だけど冬に来るのが本当の友達なんだよ。」
そして、そうなりました。その時フィリップのお土産は、ビーバーの歯形のついた棒杭でした。
(7期生 近藤秀子)
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