9日間続いた山火事が落ち着きを見せた3月初旬、北西の強い風が静まり、穏やかな春の日差しが期待できる一日を待って、栃木県西部の足利市に出かけることにした。お目当てはココ・ファーム・ワイナリー。山火事現場から少しだけ北の山あいにある葡萄畑と醸造場である。
10:30のワイナリー見学コースにエントリーしたのは私一人。女性スタッフから45分間のレクチャーを受けたが、なんといってもマンツーマン。その内容は至れり尽くせり、喜ばしい限りである。そして私は5種類のテイスティンググラス(@500円)を載せたトレイを持って、葡萄畑を見渡せるテラス席に陣取った。目の前には青空を遮り、壁のように迫る平均38度の斜面に葡萄の棚が広がっていた。
「この急斜面に葡萄の木を植えるアイデアはどこから出てきたのですか」
「当初は開墾がすべてで具体的に何に使うかは決めていなかったようです。開墾が終わり野菜でも育てるかとなったのですが、うちの園生には雑草と野菜の区別ができないこともあり、木に実のなる作物、葡萄がいいと考えたそうです。やせた土地ですが、日当たりも水捌けもいいので、葡萄にとっては望ましい環境だったのです」
1950年代、足利市の特殊学級(現在の支援学級)の中学生たちとその担任教師によって開墾が始められ、葡萄畑が開かれたのが1958年。その葡萄畑のふもとに指定障害者支援施設「こころみ学園」が設立されたのが1969年。そしてそこに所属する“園生”たちがこのワイナリーの働き手となっているのである。
「ワインができたらカッコいいなぁ」
ワインづくりを開始したのは1984年。生もののブドウが売れ残った時につぶやいた園生の一言がきっかけだった。「同情で買ってもらうワインは作るな」というのが創業者のご意向だとか。その結果として、九州・沖縄サミットや北海道・洞爺湖サミットなどで採用され、また数多くの国際線ファーストクラスでの取り扱い実績を有する銘柄を持っている。
「毎日同じ木の下に立って、カラスなどの鳥を追い払っていた園生がいたのですが、その葡萄の木から立派な果実が収穫できたのです。丁寧な仕事は葡萄にとっても好ましいようです」
この畑では一年中仕事があるそうだ。当日は園生たちが葡萄の木の剪定作業を行っていたが、この急斜面に大型機械は入らず、すべて手作業。除草剤も一切使っていない。草刈りだけでも膨大な作業量になる。そんなことを考えながら味わうワインはひときわ力強く、また優しく感じられたのである。
昼過ぎにはテラス席にも客が入り始めたので、気に入った赤白各1本のワインを購入して足利市内へ向かった。そして定番の足利学校(写真:左下)や周辺の史跡を巡りながら、一方でワイナリーでのやり取りを思い返していた。RSSC在籍時に受講した講座の影響で、私は特別支援学校(知的障害者)のボランティアを1年半ほど経験した。ある時、彼らの卒業後の進路について尋ねたことがあるが、現実はなかなか厳しいものがあった。この葡萄畑と醸造場は本物のワインづくりとともに、園生たちの生きがいや働きがいを創り出し、かつ長期間継続しているのは称賛に値すると思う。
ふと携帯の歩数計をチェックするとまだ7,000歩強、目標の10,000歩越えまではもうひと頑張り。そこで森高千里のご当地ソング「渡良瀬橋」(☜click:1993年リリース)まで足を延ばすことにした。渡良瀬川にかかる橋の北側に近づくと、歩道に沿って渡良瀬橋の歌碑が無造作に設置されていて、ボタンを押すと曲が流れだした。今日はワインのテイスティングに始まり、クロージングは森高千里。昨年は都道府県魅力度ランキングで最下位に沈んだ栃木県だが、まんざら捨てたものでもないのである。
(7期:石巻)
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