めざせ!箱根駅伝!!

4期生顧問 大戸澄子

 このコロナ禍の中、家に居る時間が多くなりました。この機会を利用し家の中の片づけや身辺整理を行うとともに、夫の病でストップしていた孫の中学校・高等学校での部活動の記録の整理も行うことにしました。彼の6年間の努力と成長の記録でもあります。

 今、新聞や雑誌の記事、写真等、ファイル3冊にまとめたその記録を読み返すと、なんとも言えない感慨が心の中によみがえります。そういえば、小さい時から公園へ遊びに行くと、遊具で遊ぶより走り回るのが好きな子でした。

 我が家のたった一人の孫の真輝が中学校に入学したのは2014年、両親が進めるサッカーや野球等の球技が苦手で、陸上部に入りました。種目は走り幅跳び、地味ながら練習に精を出していました。あまり良い記録が出ないまま2年が過ぎ、3年生の夏休み前、思い切って長距離走に転向したいと監督に申し出、遅まきながら長距離走の練習を始めました。その年の11月、初めて参加した神奈川県中学校駅伝大会のメンバーに選ばれて2区を走り、1区19位で受けたタスキを2区で1位に押し上げ、3区以降もこれを維持しそのまま優勝へ!思いもよらぬ全国中学校駅伝大会に出場が決まったのでした。わずか3か月ほどで長距離走の面白さを知ったといいます。全国大会は翌月の12月、滋賀県琵琶湖近くの野洲市で行われ、娘夫婦と両祖父母の6人で、前日から新幹線で応援に出かけました。結果は初出場で準優勝!予想以上の結果に監督も保護者達も、皆が感動し涙を流していました。

 ここから真輝の長距離走・駅伝への挑戦がスタートします。この後、翌1月に開催された「全国都道府県対抗駅伝大会」の神奈川県代表メンバーに選ばれ、広島の平和記念公園発着の駅伝に挑戦します。もちろん広島まで応援に出かけました。この年4月には、鎌倉学園高校に進学し陸上競技を続けます。勉強のほうも頑張りたいとあえて進学校を選んだそうです。ここではライバルにも恵まれ、得意種目の5000メートルでは自己ベストを更新していきます。また、2018年11月、2年生の時には、神奈川県高校駅伝大会で悲願の優勝を果たし、目標としていた全国高校駅伝大会(夢の都大路)への切符を手にしました。日々の皆の努力の積み上げが功を奏したのです。鎌倉学園陸上部40年の歴史の中で初めての優勝は、OBたちの悲願でもあり、バスを仕立てての大応援団が誕生しました。

 この優勝の少し前、2018年9月、我が家の夫が病に倒れました。腹部の大動脈瘤と肺癌が見つかり、10月、11月に両手術を行いました。11月末には退院しましたが、2度の大きな手術だったのでしばらくは真輝の応援行きは我慢しなければなりませんでした。私たち夫婦にとって真輝の出場する大会や記録会の応援に足を運ぶことは、すっかり生活の一部となり、他の何よりも最優先するものになっていました。夫の病により私も中々応援に行けなくなりましたが、全国高校駅伝大会には何としても応援に行きたくて、下の娘に夫を頼み京都まで応援に行きました。全国から集まった精鋭たちの中、真輝は花の1区で5位に食い込み、私たちを喜ばせてくれました。最終結果は16位に終わりましたが、全国から勝ち上がってきた若者たちの走る姿は、一瞬で目の前を通り過ぎてしまいますが、テレビで見るよりずっと迫力があり、感動と元気をもらえるのです。また現在は、スマホでTV画面を見ながら目の前を走る選手を応援することも可能です。現地に応援に行けない夫はテレビにかじりつき、応援しています。

 翌2019年3月、毎年全国の100校以上の高校が参加する「春の高校伊那駅伝」では、2区で33人を抜き区間賞をとることができました。この大会には、体調の良かった夫も応援に行くことができ、真輝の区間賞を皆で喜び合いました。

 この直後の4月中旬、夫はオペ後の肺に穴があき、再度手術をすることになります。この後7月末まで4回の手術を受けることになりますが、最後の胸郭成形術で左腕が思うように上がらなくなり、リハビリを行いながら現在に至っています。

 この年8月、念願のインターハイにライバルでもあるT君とともに出場、台風が接近中の沖縄での風雨の中、5000メートルで4位に入りました。また、12月1日には日本体育大学で行われた5000メートルの記録会で13分54秒84を記録し、自らの持つ神奈川県高校記録を更新しました。この記録は全国高校生ランキングの6位になり、留学生を除いた日本人選手では2位の記録だそうです。この後の高校最後の全国高校駅伝は、神奈川県大会で惜しくも3秒差で敗れ2位となったものの、2週間後の関東大会で優勝し、特別枠で2度目の参加を果たしました。もちろん沖縄にも京都にも応援に駆けつけました。厳しい病と戦う夫も、真輝の日々の努力と頑張る姿に励まされながら、リハビリに励んでいます。
この春、彼は晴れて大学生となり厳しい練習に励んでいます。新型コロナのために大会は軒並み中止となりますが、めげずに黙々と走り続けているといいます。彼の口癖は、「目指すは箱根駅伝!」。自宅が箱根駅伝2区の近くにあり、お正月はいつもレースを目の前で見、その走る姿に感動していたといいます。

 先日、3冊のファイルをめくりながら夫が涙を流していました。50年近い結婚生活で初めて見る涙です。孫の頑張りと素晴らしい成長に、自分のこれからを思っての涙でしょうか。この3年間は頑張る孫の姿に励まされ、勇気をもらい、夫婦で病に立ち向かう日々でした。これからも、1年、2年先を見据え、目標に向かって進んでほしい。そして私たちに勇気を頂戴ね。日本全国どこにでも応援に行くからね。頑張れ、真輝!!

次回は、5期の吉澤健春さんにバトンをお渡しします。お楽しみに!!