この春、地元の小学校で講師としての3年目を迎えた。今年度は4年生の理科を担当している。教科書の最初のページを飾るのは春を知らせる桜の花。下の方にはナズナ・ヒメオドリコソウ・オオイヌノフグリといった小さな花の写真も載っている。
「この花の名前を知っていますか?」の問いに、多くの子は「知らない。」「名前なんかあるの?雑草でしょ?」という声が返ってきた。ペンペン草(ナズナ)、ビンボー草(ハルジオン)とつぶやく子は雑草と戯れたことのある子どもだ。
当然これらの小さな花の名前など子どもたちは知るはずもない。今の子どもたちは雑草で遊ぶという経験がないのだから。まず、雑草が生い茂る原っぱや空き地がない。公園はあっても、美しく整備されすぎて、草をむしって遊ぶことなどできない。それに当の子どもたちは忙しくて外で遊ぶ時間もないし、遊びの種類も変化してしまった。
確かにこれらの草花は雑草とひとくくりに呼ばれている。辞典では≪雑草は人が栽培する作物や草花以外の草。田畑、庭園などに侵入し、よくはびこる≫と説明されている。そもそも「雑」には≪価値がない≫という意味があり、雑草はまさにこの意味で使われている。厄介者というイメージだ。
私の子供時代は、一面ピンクのレンゲ畑で遊んだものだ。転げまわって遊ぶからパンツを緑色に染めてよく母に叱られた。原っぱではシロツメクサで冠やブレスレットを編んだり、オオバコで草相撲をしたりした。強そうなオオバコを見つける目利きだ。春の草花を材料にしたままごと遊び。「おとうさん、今日は早くかえってきてくださいね。」お母さん、お父さん、子ども役になりきって遊んだ。大人になってからはレンゲ畑を目にしたことはない。レンゲが見たければ、種を撒き、栽培しなくてはならない。その意味ですでに雑草という範疇から外れてしまっているのかもしれない。最近の校庭は芝生化しているが、職員は芝の養生や雑草取りに余念がない。どうせならレンゲや雑草が生える原っぱ風にすれば楽しいのに。
私の住む西東京市でも10年くらい前までは存在した原っぱが、いつの間にかマンションや駐車場に変わってしまった。でも雑草は駐車場の隅っこやアスファルトのすき間から颯爽と背を伸ばしている。木の根元や日の当たらない場所にも群れるように咲いている。どこにでも根を下ろし、増えていく雑草。その様子を力強いと感じるか、迷惑と思うか…。
連休前、家の周りに生えている雑草を調べてみようという提案をした。
「ハルジオンが咲いている場所を見つけた。綿毛のようになっていた。」
「カタバミの実って、プチっとはじけ飛ぶんだね。」
名無しの権兵衛の草花を図鑑で調べた子がいることを嬉しく思った。
連休中、私も道端に咲いている小さな草花を摘んで、ありあわせの器に生けて玄関やトイレに飾ってみた。嫌われ者のドクダミの花の何と凛々しいこと!訪れた人がその美しさに気づいてくれるとつい顔が綻んでしまう。(右の花の名がわかりません。ご存知の方、教えてください)
最近「あしもとの宝物」というタイトルの新聞記事を読んだ。都心に位置する日比谷高校にひっそり活動する雑草研究部は存在する。校内に生えている何十種類もの雑草の名前と薬効を調べたり、押し花にしたり、料理して食べるという活動をしている。彼らは雑草を手にすることでどんな価値を見出すのか興味津々である。
子供の頃、ノビルやツクシを持ち帰ると、母は味噌汁や煮物にして晩の食卓に並べた。私が母となってからは子どもと一緒にヨモギ団子やオオバコクッキーを作った。雑草と遊んだり食べたりした体験は、いくつになっても懐かしく大切な宝物だ。(7期齊藤)
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