立教セカンドステージ大学の7期生というご縁で優秀な方々の知遇を得て、このような場で発言する機会をいただいてきた。もういつ退場するかわからないので、今回これだけはと思うことを書いておく。スティーブン・キングのことだ。とてもいい本を書いている。30歳の時にこの人のことを知り、時折その本を読むことで生き延びてきた。大げさに聞こえるかもしれないが本当のことだ。
「モダンホラーの帝王」、「世界一のストーリーテラー」等の宣伝文句を見るが、日本でそれほど読まれているとは思えない。怖そう、気持ち悪そうだと敬遠する人もいるだろう。私はポーの怪談とかはいいと思うが、暴力や破壊の描写は苦手だ。それなのに、いつしかキングは私の特別の作家になっていた。具体的で詳しすぎるほどの話が続き、クローゼットから、排水口から、異界に引き込まれていく。そこは日常と地続きに在って、主人公たちは知力と体力の限りを尽くして戦い、再び戻って来る。あるいは滅びる。
寝不足必至なのでめったに手を出さない。そんなにひまじゃない。使えるお金もない。年に1~2冊がせいぜいで、忙しければ何年も読まない。でも、大きな仕事を片づけたら自分へのご褒美に図書館に行って未読のキング本を持ち帰る、それがずっと私の最大の娯楽だった。
不満足だったものもある。非常なテンションを保って語ってきたのに飽きたみたいにぶち壊してしまったとか、超常現象に逃げてしまったとか。でも、それでキングへの信頼を失くしたことはなかった。彼自身、酒や薬物の中毒になったり交通事故で大けがをしたりして、執筆が困難な時期もあったそうだ。
せっかくの機会なので、特にお薦めだと思う作品をいくつか挙げてみる。短編・中編では、『スタンド・バイ・ミー』。キング作品の登場人物の中で私が一番好きなのはクリスだ。リヴァー・フェニックスがいい。映画に描かれないその後はもっといい。『ドラゴンの眼』は男の子、『トム・ゴードンに恋した少女』は女の子の冒険譚で、どちらもキングが自分の子どもたちを喜ばせるために書いた児童書だが、大人にも十分面白い。胸がすく『刑務所のリタ・ヘイワース』、弱者の底力『ドランのキャデラック』、ここに書くのがためらわれるほど過酷にして勇敢な『ビッグ・ドライバー』。
長編では、『デッド・ゾーン』。悪の全貌を見なければ打ち勝てないと自分に言い聞かせながら、怒りと不快さに耐えて読むところがある。心やさしい高校教師の運命の変転と非暴力の結末に涙する。『ドロレス・クレイボーン』の介護する女とされる女の魂の交流、『骨の袋』の作家の妻とマッティ、キングの描く女性は魅力的だ。いい奥さんがいるからだと思う。『ミスター・メルセデス』三部作、『アウトサイダー』、ホリー・ギブニーという新ヒロインに乾杯!
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それら極端な運命に見舞われる登場人物からたくさんのことを学んだ。そうして、私の内に棲んだ狂気と折り合いをつけてきた。キリスト教は狂気、狂おしい愛だと思っている。落雷に遭ってしまったのだ。もう出会う前には戻れない。だから、毒を以て毒を制そうとした。そうとも言うが、もっとお気楽にも言える。好きな本を読んでエネルギーを健全に発散し、体調を整えてきましたと。
20年余り前、次男が剣道部の部室にあった先輩の『ジョジョの奇妙な冒険』を借りてきたので私も読んだ。全70何巻かを!作者の荒木飛呂彦はスティーブン・キングから影響を受けたそうだ。私のそういう志向はどれだけ強いのかと呆れてしまう。そういうとは、正直で心やさしくガッツのあるヒーロー・ヒロインを好むということだ。ぱっと見はややひねくれているかもしれないが。(7期生 安孫子)
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