コーヒーがたまらなく飲みたくなる時がある。いざ仕事を始めようというそのとき。とっとと仕事にかかればよいものを、コーヒーを淹れたくなる。お湯を沸かす。フィルターに豆を入れて蒸す。少しずつお湯を注ぐ。そして、コーヒーを味わいながら仕事に向き合う気持ちを静かに高めていく。
私とコーヒーの出会いは、大学時代だ。大学の周りにはルノワールだとかジャズ喫茶だとか沢山の喫茶店があった。人と待ち合わせ、一杯のコーヒーで何時間もおしゃべりした。焙煎が深い真っ黒なコーヒーは、ただただ苦かった記憶がある。一杯の値段ははっきり覚えていないが、180円位だったか。ほぼ毎日通っていた。親から小遣いをもらっていた身には結構な出費だったに違いない。
大学生活の2年目、地元のコーヒー専門店でアルバイトを始めた。専門店というだけあって豆の種類が多く、サイフォンで淹れるコーヒーは透明感があった。多分、私のコーヒー好きはここから始まっている。
仕事前に必ずマスターがコーヒーを淹れて私に差し出す。
「今日の豆は何か当ててごらん。」
二十歳の小娘にコーヒー豆の種類など分かるわけがない。しかし、毎回コーヒーを飲みながらマスターのレクチャーを聴いているうちに、おおよその豆の特徴が分かってきた。苦み、酸味、コクの違いが分かれば豆の種類を当てることはできる。繊細な味わいの違いは豆の違い、すなわち、産地の地味や気候にあった豆が栽培されているのだ。ちなみに私の好みは酸味が強く、苦みはほどほどといったコロンビア、キリマンジャロだ。しかし、コーヒーのおいしさはその時の体調や雰囲気に左右されるから、体調さえよければ基本どんな種類でも美味しくいただくことができる。
ところで、今年私がハマっているのは、その名も『産地をいただく一杯』というコピーが付いたコロンビア産のハンディドリップコーヒーだ。産地にこだわったコーヒー豆100%を使用したシングルオリジンコーヒーなのだが、初めて飲んだ時にはその美味しさに驚いた。お湯の量や蒸らす時間をレシピ通りに淹れれば、誰でも超が付くほどの美味しいコーヒーをいただくことができる。酸味、コク、苦みのバランスが絶妙の〈ウィラ〉と〈バジェデルカウカ〉の最大の特徴はフルーティーな香りだ。前者はマスカットの甘い香り、後者はオレンジのような爽やかな香りが喉から鼻に抜ける。雑味は全く感じられない。
これぞ私が求めていたコーヒー。
さらに商品情報に目を向けると、生産者の顔が見えてくる。ウィラはアンデス山脈の南部、バジェデルカウカは南西部に位置した自然豊かな土地だ。標高1000m~2000m付近で栽培されたコーヒー豆はFNCコロンビアコーヒー生産者連合会というNGO組織を通じて取引されている。コーヒー豆の全量買い取り保証やコーヒーの木の植え替え事業、技術開発など、生産者のより良い暮らしの実現に向けて取り組んでいる。最近よく耳にする持続可能なコーヒー栽培プロジェクトというわけだ。
個包されたそのお値段は一杯約100円。じっくりコーヒーを淹れながら、この豆はどこからどうやって私のところに届いたのか、豆の産地や生産者に想いを巡らせる。コーヒーは格別に美味しく、何とも贅沢な時間を提供してもらったという気分になる。そう、私はエシカル消費者なのだ。
数十年来、コーヒー豆の出がらしは、乾燥させ、冷蔵庫の脱臭剤として活用してきた。さらなる活用法としてチャレンジしているのがたい肥作りだ。腐葉土と出がらしを混ぜてひと月発酵させれば立派なたい肥が出来上がる。さて、来春はどんな花を育てようか。
コーヒーを飲みながら行く年、来る年のことを考える。
(7期 齊藤)
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