「一生に一度は行ってみたい所はどこですか」と聞かれたら、あなたは何と答えますか。

規制緩和後の海外、どこかの景色やお目当ての宿が思い浮かびますか?いずれにしても、それが遠くてアクティブな旅である程「身体が元気なうちに」という前提で考えるのではないでしょうか。あるいは反対に心や身体が疲れた時に、休息を求めて出かけることもあると思います。

私の勤務先は「誰もが安心してお過ごしいただく」ことをコンセプトにしていましたし、華密恋の湯を備えていたため、癒しを求めてお越しになる方も多くいらっしゃいました。お客様がどんな目的で来られたのかを判断するのはなかなか難しく、ご滞在中にお話しする機会があればその人となりが分かりますが、これはごく一部。お帰りになる頃に、何かの記念日だったと知り、もっと早く分かっていれば、何かして差し上げられることもできたのにと思う場面に何度も遭遇しました。

お陰でフロントは、チェックインの際にさり気なく旅の目的を探り出す技を身につけるようになれたとも言えます。しかし技に磨きがかかると、立ち入っては失礼と感じとれるようにもなり、そんな時は深堀りしません。人は気持ちがほぐれると、誰かに聞いてもらいたくなるものなのか、お客様の方から話し出されることもありました。

中には深刻な顔つきで「最近手術を受け、漸く旅に出られるようになった」や「もう一度ここに来られるように治療に励みます」などと打ち明けられることもありました。「この後手術を控えているので」という場合、次はいつ来られるか分からないという意味も含んでいると考えると、かける言葉が見つかりませんでした。

今でも心に残っているのは、「生きているうちに一度は八寿恵荘に来てみたかった」という言葉と、おっしゃるご本人の満足そうな表情です。こんなに勿体ない言葉をいただくと、お代は結構ですという気持ちになってしまいますが、お客様はお支払いさえ喜んでしてくださっているのです。その様子を見て、自分のしたいことに対価を払うのは、人間にとって誇りであり、生きる力なのだと気づかされました。

私の記憶をたどってみても、子どもの頃の夏休みの家族旅行、いつも忙しい両親がずっと私たち兄弟の傍らにいてくれることに安らぎを覚えていたのだと思えます。社会に出てからは現実からの逃避とでもいうべきか、喧騒を離れリフレッシュする必要に迫られました。つまり、その時々で旅は私の生きる力になっていたと思うと辻褄が合います。 RSSC以来、旅行業に携わる中で今ひとつの命題に辿りついたような手ごたえを感じると言ったら大袈裟すぎますね。

追伸

仕事を通じて芸能人に会えるのも楽しみのひとつですが、昨年春の研修は格別でした。森林ガイドと周辺の山を歩くもので、この日は歌手のNさんがとび入りで参加なさいました。折しも目指す山頂は桜が満開の時期。この人と桜舞い散る道の上を歩くとは思いもよらぬ展開に、奇跡は時々起きるのかもとほくそ笑みながら、一歩一歩大事に歩きました。今にして思えば、この時撮った写真は、4年半勤めた八寿恵荘からのご褒美だったのかも知れません。

夏も終わりに近づく頃、数年に及ぶコロナの影響により、宿は営業を続けることが叶わなくなり、長期休館が決定しました。八寿恵荘奮闘をお届けできなくなることは非常に残念ですが、私もまだ旅の途中です。モルゲンロートとともに目覚め、雲のゆくえを追い、降るような星を糧(チカラ)に、しばらく安曇野滞在を続けたいと思います。(7期生 森部美由紀)

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