長野からの帰り、急ぐ旅でもないので新幹線代を節約して、松本までの鈍行に乗った。たまたま座った左側の窓から、たまたま目をやった景色に、衝撃を受けた。畦道にふちどられた雪の棚田が、一面に広がっている。私の愛してやまない棚田が。数秒で列車は樹林にはいってしまった。残念さが爆発しそうになった時、列車はピタリと止まり、なんとバックし始めた。もと来た線路より高く登り、駅にはいったのだ。そこは「姨捨」(おばすて)。3分ほどの停車中、特急が下の線路を通過する、スイッチバック。私は、地獄から天国への心地でホームに降り立ち、写真を撮りながら、田植えの頃に絶対に来よう、と誓った。
4か月後、再び左側の窓にへばりついていた。ここは、日本三大車窓風景に数えられ、列車は広大な善光寺平を見下ろす山腹をトラバース、樹間から1500枚の棚田風景が開けてくる。
まずはホームで棚田を俯瞰しつつ腹ごしらえ。木造の小さな屋根付きベンチと、墨書きの駅名は、日帰りなのに大いに旅行気分にさせてくれる。間近で見る炎天下の苗は、実に健気で美しかった。農家の長年の苦労に思いを馳せながら、4時間も棚田を上り下りして名残を惜しんだ。
姨捨は伝説とともに、三大名月の里として知られている。『おもかげや姨ひとりなく月の友』の芭蕉をはじめ、多くの文人墨客に愛された。また、「田毎の月」は姨捨の代名詞でもある。田んぼの一枚ごとに、月が映るという。すべての田に月が映っていて、あり得ない!と笑うしかない広重の絵がある。実際は、歩くにつれ、ひとつの月影が次の田に移っていくはずである。向かい側の山の端のシルエットと光る川、街の明かりとを背景に、本物の月と田毎の月を配した、ユニークな月見となるであろう。空模様はもちろん、お月様の高さと時刻を計算に入れ、満月より細めもいい …、などと欲張ると、ハードルは高そうである。何としても雪と早苗の次は、月見をねらわねば。
(七期 岩澤 延枝)
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