~ 迷子オッケー ~

新井 美穂

 福音書の中に迷子の羊の話 (マタイ18:12〜14、ルカ15:1〜7)があります。編集意図による違いがあるものの大筋はこうです。百匹の羊を持っている人がいて、ある日その中の一匹がいなくなる。持ち主は九十九匹を一ヶ所に残し、いなくなった一匹が見つかるまで探しに行く。そして見つかった一匹の為に喜ぶ話です。

 ルカ福音書に限って言えば、主イエスがこの話を語った時そこに居合わせたのは、「徴税人や罪人」であり、彼らと主イエスを批判する「ファリサイ派や律法学者」であったと記されています。社会的立場も思考も生き方も、全く相反する関係にある、時に敵対する関係にあるその両者に向けて、主イエスは語りかけます。

 主イエスは、権力者や世間の常識から圧迫され、排除されている側にある人に向かっては、「どこまでも探しに行くから、あなた方は決して見捨てられて良い存在なんかではない、見つかるまで命懸けで探し出す尊い存在だ。」と渾身の思いを込めて言われたと思います。

 一方、安全な所にいて他者を踏みつけにしている事に無自覚で、善人のつもりで生きている私、私たちに向かっては、「今いる安全地帯、自分の価値観から離れて、一回ちゃんと迷子になってごらん。ちゃんと迎えに行ってあげるから。」そう言われている様に思うのです。

 セカンドステージでの学びは、今までこれで生きてきたという自分の価値観を、視野を変えて問い直す、そういう時なのだろうと思います。まさに心の迷子オッケーの場所ではないでしょうか。そんな魂の冒険を歩んでいる皆様と一緒に聖書を学べる幸せをありがたく思っております。

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編集チーム 十八期生