10月末、パルマを訪れた。天井からぶら下がる生ハムや借金の担保にもなるというパルミジャーノチーズなど美食の街として名を馳せるパルマだが、パルマ公国の首都であったことから、ヨーロッパの経済・芸術の中心であったことは意外と知られていない。16世紀に領主フェルネーゼ家が建造したピロッタ宮には世界中の権力者が羨んだという欧州最古の木造劇場があり、現在では博物館・美術館とともに公開されている。18世紀にはブルボン朝、19世紀初頭にはナポレオン1世の二番目の皇后となったマリア・ルイーズがこの地を統治していたこともあり、フランスの雰囲気漂う落ち着いた街である。そうそう、スタンダールの『パルムの僧院』もここが舞台となっている。
旅の目的は生ハムの王様クラテッロや白トリュフなど秋の味覚を堪能することだが、もうひとつのお目当てはルネッサンスを代表する画家コレッジョのフレスコ画。12世紀に建造されたロマネスク様式のパルマ大聖堂は、外観こそ質素だが身廊・壁・天井がフレスコ画で覆われ華やかな印象だ。その大聖堂のクーポラに「聖母被昇天」は描かれている。重厚なドアを開けると、地元十数人のグループが、何やら聖母に捧げる儀式を執り行っており、あろうことか、クーポラに続く階段は係員によって封鎖されていた。
「え-、そんな!」
多くの人は絵と対面せずに立ち去った。諦めきれず、その儀式を恨めしげに眺めていた私の後ろから美しい歌声が聞こえてきた。一人のほっそりとした教養深げな婦人が聖母に歌を捧げていた。私は思わず彼女に向かって親指を突き立てた。すると、ご婦人は私のところにやってきて、イタリア語で話しかけてきた。イタリア語は挨拶程度しか話せない私だが、なぜかその時はご婦人が言わんとすることが完璧に理解できてしまった。
「どこからきたの?」
「ジャポーネ」
「遠いとこから来たのね。コレッジョの『聖母被昇天』はもう見た?」
「ノ(だって階段が・・)」
「パルマに来たなら絶対観なくちゃダメよ。私と一緒に来て。」
「グラッチェ!」
婦人は私の腕をとり、強面の係員の横を優雅に通り抜けた。私たちはクーポラの下に立った。
「さあ、これがコレッジョの噂の絵よ。足ばっかりだけど、マリア様はどこにいるか分かる?ほら、青い布を纏って手を伸ばしている。息子が大好きなマンマを迎えにきているのよ。」
「シー、オカピート(分かった)」
画面の中央には、やはり足をむき出しにして、母の手を取ろうとするキリストが描かれている。当時の司教は「蛙の足のシチュー」と酷評し、人気は芳しくなったらしいが、この地を訪れたルネッサンスの巨匠ティッツァーノは「ベニッシモ!」と絶賛。コレッジョは下方から主対象を見上げた構図でキリストとマリアを描いたのだ。空気感をも描き出す画期的な画法が当時の人に理解されなかったのも無理はない。
「あなた、サン・パオロ修道院の≪コレッジョの部屋≫には行ったの?」
「ノ」
「あれを見なくちゃコレッジョを観たことにはならないわ。16分割した傘形の天井に植物や果物やプットーが描かれていてとても美しいの。」
「OK。グラッチェ!」
私たちは固くハグをして別れた。私はその足で修道院長の居室であった≪コレッジョの部屋≫に行き、明暗対比と光の効果を表現したバロックの先駆者としてのコレッジョを確認した。
イタリアの食べ物はとにかく美味しい。歴史も芸術も見どころ満載。だが、なんといっても、陽気で素朴な人柄こそがイタリアの魅力なのだ。だから、何度も足を運んでしまう。次は何処へ行こうか、旅が終わった瞬間からイタリアのことを考えている。
(7期生 齊藤)
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