神田カード下

姪と神田で待ち合わせた。約束の時間まで、ふらふらと駅の周りを歩いてみた。スーツ姿のサラリーマンや財布を小脇に抱えたOLが、それぞれの店先に出された〈早い、安い、ウマい〉の三拍子がそろった定食メニューを見比べている。1時を過ぎて私たちは目的のオイスターバーに到着した。店イチオシの牡蠣定食は、こぶしほどの三陸産牡蠣を生とフライでいただく。これに牡蠣飯、味噌汁、小鉢とお変わり自由のコーヒー(お持ち帰りもできる)が付いて税込1000円。この何とも言えない満足感は誰かを誘ってもう一度来たくなる。

「神田の飲食店はコスパ度が高い。とにかく飲食店の数が半端ないから。」
と長年神田でランチを食べつくした姪。
「ああ、神田周辺に勤めていれば、毎日安くておいしいランチが食べられたのに・・・。」
と食いしん坊の私。

しかし、昼どきはサラリーマンでいっぱいでなかなか席に座ることができないそうだ。神田駅周辺には昼はランチ、夜はお酒を提供する飲食店がごちゃごちゃと立ち並んでいる。飲み屋の種類も様々で、いわゆる赤ちょうちん、どこにでもあるチェーン店、こじゃれたカフェバーが所狭しと軒を連ね、仕事帰りのサラリーマンやOLを待ち構えている。神田といえば学生の街、古本屋の街のイメージが強いが、それは高台の地域。下町神田は改めて労働者の街ということを認識する。

「神田も見納めだから、ちょっと散歩していかない?」
3月から職場変えとなる姪の提案。
「いいね。このあたりを歩くのは本当に久しぶり。下町散歩と洒落こみますか。」
ランチを終えた私たちは神田から日本橋を経由し東京駅までブラブラ下町散歩を
することにした。
「日本橋って下町なの?」
「そうですとも!」

神田・日本橋は江戸の下町第一号である。下町とは地理的には低い土地を意味する。開府当時江戸の下町として意識されていたのは、間違いなくこの二つだけで、その他の湿地帯や西に広がる地域は江戸の範囲ではなかったのだ。高台に築かれた江戸城とその周辺は大名や旗本が暮らす武家地だったのに対し、江戸の町を整備するために必要な人々をこの地に住まわせたのだ。神田や日本橋には鍛冶町、紺屋町、鍋町、青物町、呉服町、元大工町、炭町などの町名がびっしりと並び、その町名を見ただけでどのような人々が住んでいたか分かる。江戸の町づくりとともに下町も拡大し、人情が作り出す雰囲気が下町の大きな特徴となって今日に至っている。

飲食店が立ち並ぶ神田駅南口から少し離れると街並みはガラッと変わる。昔、薬問屋が沢山あったことから製薬会社のビルが建つ。ちょうど室町に入った辺りだろうか。私の考える下町とは程遠いシックな装いのビルが整然と並ぶ。この辺りは某不動産会社が再開発を手掛けたと記憶している。某不動産会社グループ本店、高級フルーツ店、ホテル、オフィスビルがすまし顔で立ち並ぶ。と、突然高層ビルの狭間に鮮やかな朱色の鳥居が目に飛び込んできた。

「えっ、こんなところに神社・・?フクトクジンジャ・・・。ああ、あのテレビCMの。」
「宝くじを買って持ってくるとご利益があるらしいよ。」姪がすかさずスマホで検索する。
「へえ、そうなの。でも、今まで気がつかなかったなあ。こんなところに神社があったの。」

 

福徳神社

それもそのはず。福徳神社が室町に再生されたのは2014年10 月。それまで、社殿は駐車場ビルの屋上にあったというのだ。しかし、その由緒は古く、貞観年間(859~876)から福徳村の稲荷神社として鎮座し、江戸期には「芽吹き神社」と呼ばれて親しまれた。文政・天保期には幕府公認の富くじ興行を行っており、ご利益がありそうな名前が今日の宝くじ当選祈願へとつながる。一方で「さまよえる神社」という異名も持つ。江戸の度重なる火災で焼失し、関東大震災や空襲にも遭遇した。戦後は商都として復活した日本橋であったが、氏子の激減に社殿はとうとう駐車場ビルの屋上へ。

それにしても、東京というところは変貌し続ける都市である。町のどこかで必ず何やら工事が行われ、数年後には整然とした街並みが出来上がっている。以前そこに何があったのか思い出せないことも多い。無計画でその場しのぎの街づくり、これが江戸時代から今日に至るまでずっと続いている。江戸―東京では歴史や伝統に縛られることなく、というより、持つべき歴史や伝統がないから、躊躇なく作っては壊し、壊しては作るという繰り返しの中でまちづくりが行われてきた。東京は常に変貌し続けている。1964年のオリンピックの際、日本橋川をはじめとした川の上に高速道路を作り、あるいは川を埋め立て道路や暗渠にした。川は姿を消してしまった。そして2020年の二度目のオリンピックに向けて東京はさらに変わろうとしている。どのように変わるのだろう。東京駅駅舎や福徳神社のように、以前そこに存在したものを再生するという試みも見られる。また、かつて江戸の町が水の都であったように東京の川を再生しようという論議もあるようだ。少し前になるが、日本橋周辺の開発を手掛けた不動産会社のCMで、女優蒼井優がこんなことを言っている。
☆☆☆☆☆「さて、2020年、世界の皆さんに驚いてもらいましょうか。」
東京に住む私も驚いてみたい。高層ビルと福徳神社、どこまでもゆったり流れる隅田川からニョキっと伸びるスカイツリーの組み合わせのように(案外それが〈いき〉を感じさせる)、度肝を抜くような江戸風情の再生を期待している。(7期生 齊藤)

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